わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

貫井徳郎「邯鄲(かんたん)の島遥かなり」(最終回)小説新潮2021年1月号

 作品の題名は「邯鄲(かんたん)の島遥かなり」です。2015年に連載が始まった頃はこの題名はどこに終結していくのか想像できませんでした。しかし、最終回を迎え、この題名が作品にもっともふさわしい題名であることに納得しました。あわせて、長期の連載で最初からゴールを見据えて書き続けていける作者の力量に改めて感服しました。

 作品は神生島(かみおじま)という架空の島を舞台にしています。神尾島には一ノ屋家に美男子が生まれると島に吉兆があるという言い伝えがあります。そのためか、一ノ屋家は近年まで代々、島民の寄付で賄われていました。いわば島民の象徴的な存在でした。

 また、一ノ屋の血を引く者は体のどこかに唇型の痣があります。このようなファンタジックな設定をしたいために島を架空にしたのかも知れません。

 しかし、徐々にこの島が伊豆七島の大島をモデルにしていることがわかります。もし、実在の大島を舞台にしていたら、どのような展開になっていただろうと想像をたくましくするのも読書の楽しみです。

 年代は明治、大正、昭和、平成の150年間を扱っています。物語は一ノ屋家の話から一族へと拡がります。島はこの150年の間に近代化が訪れ、戦争に巻き込まれ、戦後の復興と低成長、噴火による全島避難などがあります。

 こうしたそれぞれの時代状況の中で一ノ屋の血を引く者が、ある者は名家の重圧に耐えられず家を出ました。一族の徴である痣を偽造し一族になろうとする島外者もいました。しかし、大多数の者は一族であることに特別の意味を感じることもなく慎ましく島で生きました。今では一ノ屋本家は特別な存在ではなくなっています。近代化が風習としての象徴を風化させたといえます。

 私はこの作品は2016年1月に一度、感想文をアップしています。改めて当時の感想文を読み返し、作品とともに5年間の旅をしてきたなと感慨に耽りました。まさに「大河小説、堂々の完結」です。よい作品をありがとうございました。