わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

浅田次郎「母の待つ里にて」(第8回)小説新潮2020年10月号

 この作品にはこれまでに3人のエグゼクティブが登場しています。いずれも60歳前後の独身です。これらの3人は年会費が35万円する「ユナイテッドカード・プレミアムクラブ」の会員です。3人はこのカードを使って1泊2日で50万円する「ユナイテッド・ホームタウン」というサービスを利用します。これは“母親”のいるふるさとを疑似体験できるサービスです。周囲はあきれていますが、本人たちは至って真剣にこのサービスを利用し、これまでを振り返り、これからの人生を考えようとしています。

 登場人物は1人は松永徹。食品会社社長です。ふるさとが気に入り2回目の利用が主題となっています。

 2人目は室田精一です。室田は定年退職と同時に離婚された人物です。同じくこのふるさとに魅せられ墓を移転することが主題となっています。

 3人目は古賀夏生で女医です。60歳を間近に控え、ふるさと体験をとおして、これからの生き方を模索している設定です。

 当初、この奇抜なふるさと体験が3回繰り返されたため食傷気味でした。しかし、前月号(7回目)からは展開に広がりが出てきたので、受け入れやすくなりました。

 今月号は、熟年離婚された室田の一人暮らし生活を描いています。室田は単身赴任が長かったので一人暮らしに困ることはないのですが、悠々自適とはいいがたい現実を感じています。「無為徒食」の言葉がのしかかります。また、愛想をつかされた元妻への未練や退職後、街で出会ったかつての同僚に敵愾心を抱きます。

 一方で、主夫をしている旧友をろくでなしと思っていたことは会社の価値観で測っていたことだと気づきます。老後の生き方が定まっていないふわふわした状況が描かれています。

 “母親”付きのふるさと体験はまだ突飛な感が否めません。今後、この疑似体験が登場人物にとって必要で、実際にあってもいいのではないかと思えるような収束を期待しています。