わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

高丘哲次「円の終端」小説新潮2020年6月号

 はるか昔、地殻変動で陸地が無くなり海だけの星になったときに、ヒトは知性をもった様々な種族を創造し滅びました。

 主人公の「私」は父がハクセキレイ、母がヒトを祖先とするハクセキレイです。ただし、個体のハクセキレイではなく4億羽の集合体で1つの意思を形成しています。つまり個体は細胞のようなものです。鳥の群れは時には風に、時には雲となります。永遠に飛び続けることで生存できる種族です。こんな描写から想像は一気に解き放たれ、物語の世界に惹き込まれてしまいました。

 飛び続けていないと生命を維持できないという設定は、泳ぎ続けていないと生きられないマグロからヒントを得たのでしょうか。

 私事ですが、当ブログのハンドルネームは「ハクセキレイ」です。毎日、庭にいるハクセキレイの可愛いしぐさに目を細める私には格好の設定ですね。

 さて、この鳥の一群は北半球を楕円を描いて飛んでいます。一方でツメナガセキレイの群れは南半球を飛んでいます。この2つの群れは1年に1度だけ同じ海域で円環が交差します。この出会いの場が遺伝子の過剰な均質化を避ける機会となっています。交配の後に雛を産み、雄鳥は背中で子育てし、雛が巣立つと力尽きて海に落ちていきます。このことの繰り返しがこの一群の定めです。

 1年後に会った時に、「彼女」は飛び続けることに疲れてしまったと言います。このことは自己の存在への疑問にもなります。しかし、「私」は「彼女」の苦悩の意味を理解せず、そのまま飛び去ってしまいます。

 その後、磁場が逆転し鳥たちは方向感覚を失います。そのことで「私」は「彼女」と会うことができなくなります。会えなくなって、はじめて「私」は「彼女」を愛していたことに気づきます。次第に鳥たちは近似性が上がり個体数を減らしていきます。

 この星には1か所だけ陸地が残っています。かつてネパールと呼ばれた高地が孤島となったものです。島には肉食獣が咆哮しています。しかし、「私」は「彼女」と会うためにこの島を目指します。お互いに「位置」を話題にしたのはこの島だけなのです。鳥たちは捕食され個体数を減らしていきます。個体数の減は知性の減を意味します。それでも何度も島を目指します。

 ついに最後の1羽になり、羽が止まり落下します。自分の骨が砕ける音を聞いて、海の青ではなく緑を感じ視界が薄れていきました。

 物語は「彼女」に転換します。ここからは主人公は「わたし」になります。「彼」を失った「わたし」はすでに個体数を4分の1に減らし、さらに減らします。死期が近いことを自覚しています。それでも「彼」に会いたい気持ちだけで飛び続けます。「わたし」も「彼」の気遣いを理解しなかったあの時の別れを悔いているのです。

 ある時、「彼」と出会った海域と同じ風の香りがする場所を飛んでいきます。すると島が見えてきます。かつて「彼」から島は鳥が羽を休められる場所ではないことを知らされていましたが島に突き進みます。

 降り立った島はとても小さく静かな島でした。この島は残された大地ではなく、長い年月をかけて「彼」たちの骨が堆積し、やがて陸地になり菩提樹が生い茂る島になったものだと気づきます。やっと「彼」に会うことができました。しかし、「わたし」に体力は残っていませんでした。長い旅が終わったことを感じ、深い眠りについたところで物語は終わります。

 ちょっと涙腺が緩みました。こういう時空を超えた小説、好きですね。