わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

梶尾真治「ハナと暮らす」小説新潮2019年12月号

 2017年から12月号はファンタジー小説の特集です。年1回特集月が固定されていると、そのジャンルにおける1年の小説の動向がおおよそ俯瞰できるので悪くない編集方針だと思います。

 さて、本作は今月号の全作品の中でいちばん心に残った作品です。

 豊介(とよすけ)77歳。50年連れ添った妻に先立たれ、数カ月たっても淋しさに慣れることがありません。ラッキョウ嫌いの夫を気遣って、隠れて好きなラッキョウを食べていたことを知ります。淋しさが際立つ描写です。

 夕飯の惣菜を買って一人とぼとぼ歩いていると仔猫の鳴き声が聞こえてきます。ここでも自分の一言で猫を飼うことを諦めた妻を思い出し悔悟の念に苛まれます。哀しいメロディが流れてくるような書き出しですね。

 豊介は今にも息絶えてしまいそうな仔猫をみて、妻を思い自問自答します。動物嫌いな豊介でしたが誰かに背中を押されるように猫を連れ帰ります。コンビニの奥さんやペットショップの店員に支えられ、豊介は立ち直りに向かいます。私の中でメロディが明るい曲調に変わりました。仔猫が可愛い!

 「ふと思ったことがある。ハナは落ち込んでいる豊介を見かねて、天国の香代子が送りこんでくれたのではなかろうか」豊介の自立に思わず涙腺が緩みそうになりました。

 ハナとの充実した日々が続きます。一方で、豊介は自分の年齢と猫の寿命を考えます。久々に居酒屋に入ると同年配の老人が話しかけてきます。豊介は自分が亡き後のハナのことが心配で、そのためにハナと同時に生命が尽きることが理想と心情を打ち明けます。ここからSFファンタジーの世界に入っていきます。

 その老人は実用化されることはなかったが、その夢を叶える技術を開発していたと驚くべきことをいいます。豊介は「ナノマシン」という超ミクロサイズの装置を自分とハナに注入してもらいます。猫は長くて17年が寿命と想定し、その時に自分は最長でも95歳まで生きられれば十分と決意しての施術でした。

 豊介とハナは途中、重篤な病気になりかけますが、都度、相互に早期発見して元気に10年以上が過ぎていきます。もうコンビニの奥さんもペットショップもなくなっています。見知らぬ風景になっていることを想像しながら読んでいきます。

 ある時、瀬山という中年男が豊介を訪ねてきます。瀬山は父の17回忌を機に遺品を整理しているときに父が豊介らにナノマシンを注入していたことを知ったといいます。さらに、ナノマシンには相手に生命の危機が迫ったときは愛する相手を救う行動を起こさせる機能も加えていたと伝えます。信じられない展開ですが作品の世界に浸って読んでいきます。

 年月はさらに下ります。豊介の命が閉じようとしていることを伝える中継が入っています。豊介は日本最高齢となっていました。同時にハナも人間に換算すると180歳になるとレポーターは興奮して伝えています。すでに豊介とハナは有名コンビになっていることが伺えます。いよいよその時がやってきます。ハナが息を引き取り、豊介もそのまま目を閉じ、薄れゆく意識の向こうで妻に抱かれたハナの姿見ながら旅立っていきました。

 こんなにも哀しくも温かくすべてを受け入れられるSFファンタジーがあるなんて!愛猫ファンタジーの傑作ですね。いい作品をありがとうございました。