わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

植松三十里「雪山越え」小説新潮2019年10月号

 本誌で久々に泣けた作品です。主人公は、松平康俊(やすとし)。徳川家康の10歳年下の異父弟です。御年19歳。康俊はもともと、今川家に人質になっている家康の家臣の息子たち11人と交換のために、今川の館に10歳の時に人質になっていました。しかし、17歳の時に武田が今川に攻め入り、そのまま武田の人質になりました。

 座敷牢に幽閉されて2年目の冬、脱出の手引きをする男が現れます。男の名は山崎剛太郎。康俊より年若い大男です。2人は途中、追手に囲まれながらも、決死の逃避行を続けます。剛太郎は幽閉で体力の落ちている康俊を時には厳しく鼓舞し、追手を振り切ります。

 剛太郎は途中で、康俊にこれまでの経緯を話します。剛太郎は大井川沿いの集落の住人で、母と弟たちと暮らしているところに徳川の侍が現れたといいます。侍は康俊を無事助け出したら侍に取り立てる、しかし、叶わなかったら母の命はないと剛太郎一家に迫ったといいます。

 その時、母は剛太郎に「行ってこい。自分は息子の帰りを信じて待つ。於大(おだい・家康、康俊の生母。後の伝通院)さまだって、きっと自分と同じように、息子を待っているだろうから、お連れしろ」と決断を後押したといいます。その話を聞いた康俊は母心に胸を打たれます。

 私もこの場面で涙腺が決壊しました。それまでの緊迫した逃避行に引き込まれていたところに母親の愛の描写に触れ、緊張の平衡が保てなくなったからだと思います。

 あらすじに戻ります。雪山越えの途中で康俊は滑落しますが、かろうじて剛太郎に引き上げられます。しかし、藁沓(わらぐつ)を失います。剛太郎は拒否する康俊にしまいには哀願するように自分の藁沓を康俊に履かせ、さらに逃避行を続けます。

 いよいよ、最後の峠に出ます。あとは下り坂です。康俊たちは満天の星明りの中で、「お前さえよかったら、私の家来にならないか」と、暫(しば)しの雑談をします。そのとき、剛太郎の足指はどす黒く変色していました。

 康俊はわずかな時間、剛太郎の膝の上で寝入ってしまったことに気づきます。寝入っている剛太郎に呼びかけますが返事がありません。剛太郎の体は冷たくなっていました。

 ひとり、康俊は大井川沿いの集落にたどり着きます。そこで、於大と9年ぶりの再会となりますが、康俊は剛太郎の母のもとに駆け寄り、号泣し許しを請います。

 ここで、私も2度目の涙腺決壊です。家族愛に触れると涙腺の堤防は低くなりますね。自分の感性がまだ若さを失っていないことに自分を褒めたいと思います。

 その後、家康との対面となります。家康は剛太郎の弟たちを侍に取り立て、剛太郎も武士として弔うことを約束します。

 結局、康俊の足指はすべて失われ、戦場に立つことは叶いませんでした。武将としての命が絶たれた康俊に、家康は久能城主と自分の墓守を命じます。困惑する康俊に家康は「人質は不戦の証。時には戦場の手柄を上まわる」「剛太郎は大事な合戦で一番槍をつけながらも、大将を守って討ち死にしたのと変わらぬ」と康俊を諭します。康俊は久能城主の地位は剛太郎と二人で賜ったと心の中で剛太郎に話しかけ物語を終えます。

 緊張と安らぎの交錯する佳い作品だったと思います。ありがとうございました。