わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

柚木麻子「BAKESHOP MIREY‘S」小説新潮2019年7月号

 

  この作品は、東京本社から1年限定で転勤してきた中年OL(秀美 36歳 独身)と、寂れゆく地方都市で将来が見通せないことで鬱々としている25歳の女性(未怜・みれい)の物語です。 

 秀美は職場近くの横丁で昼だけ実験的にうどんを提供している「焼き鳥 くろ兵衛」の常連になります。そこで秀美はアルバイト店員をしている未怜と知己になります。 

 未怜は焼き菓子のお店(ベイクショップ)を開きたい夢を秀美に語ります。しかし、開店場所は「くろ兵衛」で、昼の時間帯だけを借りて開くことだといいます。また、それなりに準備はしているものの、肝心の焼き菓子を焼いたことはないといいます。未怜は身なりも態度もぞんざいです。 

 そんな未怜に秀美は次第に執着するようになります。友情とも、レズとも違う不思議な心情です。作者はこのような女性関係をよく扱います。「ナイルパーチの女子会」(文藝春秋)や「BUTTER」(新潮社)でもあったように思います。 

 ある時、秀美は未怜が欲しがっていた業務用のオーブンを「くろ兵衛」に店主にも未怜にも断りなく勝手に送り届けます。未怜や周囲は裕福な女性が貧しい女性に高価な贈り物をしたと思っています。しかし、秀美自身はそのような「上から」の施しのつもりでも、友情でもないことは認識していますが、なぜそうしたのか本当のところがわからないとしています。 

 友情は友愛、レズビアンは恋愛・性愛・信愛・敬愛、ストーカーは偏愛・盲愛、パトロンやタニマチには博愛が含まれると思います。秀美の心情はどの辺にあるのでしょうか。あるいは自己愛を未怜に投影しているのでしょうか。私には理解不能です。作者はその解釈を読者に委ねています。 

 さて、届いたオーブンは狭い「くろ兵衛」の店内を異様に占有します。未怜は実物のオーブンを目にするとベイクショップの夢も萎んでしまいました。また、秀美とも会わなくなり、部屋で塞ぎ込む日が多くなります。 

 塞ぐ要因は、夢の実現性への不安、秀美との関係、母親との確執、横丁がなくなることなどを描写していますが、どれが根本原因かは特定していません。 

 一方の秀美は、周囲の混乱を余所に、一度も使われていないオーブンでケーキを焼きたいと思うようになります。自分の送別記念と称し、躊躇する同僚の安西を説得し、3時間だけ「くろ兵衛」を貸し切り、ブレッドアンドバタープディングを焼きます。秀美の行動は異常に思えますが、作者にこだわる様子はありません。 

 秀美は未怜のどこに執着、あるいは惹かれたのでしょうか。秀美の人物像が今一つつかみきれませんでした。思考回路がちょっと拡散している思い込みの強い中年女性といった感じですか。 

 書き出しは秀美で始まり、途中から未怜が中心となり未怜で終わる構成でした。秀美と未怜はおおむね、3対7で未怜を主軸に展開していました。そのため、秀美の特異な行動が薄くなってしまった印象です。秀美を主人公に据えたら、好き嫌いは別として、もっとインパクトのある作品になったように思います。 

 最後に、横丁にお菓子の焼ける香りが流れてきます。未怜は勇躍し「くろ兵衛」の方向に歩みを速めていくところで物語を終えます。 

 自分が塞ぐ根本原因は寂れゆく自分の街に抗いたい気持ちにあったことを焼き菓子の香りが自覚させてくれます。未怜は焼き菓子の香りに勇躍しますが、一時の奮起のようにしか思えないところに哀愁を感じてしまいました。今月号で唯一、胸が熱くなった作品なので、取り上げてみました。