わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

彩瀬まる「サーカスの日」(第5回)小説新潮2019年5月号

 この作品は、ファンタジーのような書き出しで始まりましたが、その後はリアルな展開です。姉の片桐依千佳(いちか)と妹の仁胡瑠(にこる)が主人公の不思議な作品です。題名になっているくらいですから、幼い頃にサーカスに行った日のことが重要なモチーフになっているはずですが、今のところ関連が見えません。 

 これまでのあらすじに触れると、仁胡瑠は売れっ子のアクセサリーデザイナーでしたが、前プロモーターの貝原塔子へのストーカー行為で逮捕され、釈放されたところです。一方、依千佳は製薬会社に勤める研究者でした。新薬開発のデータ偽装で逮捕され、今月号では無罪判決が出たところです。 

 今月は、無罪判決後に弁護士の峰木が依千佳に語った言葉が印象に残りましたので、書き留めておきます。 

 「無罪と無実は、別のものです。現行法はあなたを無罪であると判断しました。しかし無実は、司法が判断するものではありません。片桐さんは事件について、深く悩んでいるように見えました。法的な罪を問われない上で、自分に過ちがあったのか、なかったのか、あったとしたらどんな過ちか。それは片桐さんにしか判断出来ない領域の問いかけです」 

 信仰はないと返答すると、「それでは他者が差し出す正しさを頼るのではなく、ゆっくりと自分で考えてください。この先も人生は続き、もっと深い場所で片桐さんを理解し、罰し、赦すことが出来るのは、片桐さんしかいないんです。・・・良い形で、ご自身の人生と折り合いがつくことを祈っています」 

 無罪判決を喜ぶわけでもなく、勾留生活を労うわけでもなく、依千佳が自らの行為に良心に従い向き合うことを勧めています。それでいて決して依千佳を突き放しているわけでもなく、気高い愛を感じます。身内や友人では決して語れない言葉です。データ偽装した事実に対して職業的な第三者が語る最高の言葉として印象に残りました。 

 また、無罪は勝訴ではあるが、そのことが自由に生きられることではないことの重みを考えさせられる言葉でした。