わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

香月夕花「十三階段の夢」小説新潮2019年3月号

「う~ん、いい作品だったね」

「大小、いろんな要素がうまくはまっていた感じだ。構成が巧みというのかな」

 「全盲の絵麻(えま)を通して、視覚障害者が外界をとらえる描写はイメージしやすかったね」

「道を覚えたいから、同行時に鼻歌を歌うのは止めてと言う場面や、夕暮れを窓の冷たさや音の反射で感じるところとか、的確な感じがした」

「稔(みのる)が小学生のとき、マンションの非常階段を登るときの視界の変化を刻々と話す場面は、色までイメージできるほど綺麗だったね」

 

 「『肘』にまつわる描写が印象的だった」

「絵麻が稔の肘に無心でつかまり歩行する場面、稔が失敗すると母親が肘の裏をつねっていたことを告白する場面、触れられた肘が重く感じられる時もあれば、体温を感じる時もある場面、いろいろあったね」

 

 「背後に母親の存在を感じながら生きていた時と、無心で付いてくる絵麻との対比も白眉だったと思うよ」

「そうだね。絵麻を同行しているときは、ファミレス内の商品棚を気にしなくても通過できたしね。いつもはいつ万引きしてしまうのではないかと怯えながら生活していたというから苦しいよね」

 

 「それにしても稔が初対面の絵麻にいきなり毒突くのは大人げないな。仕事を外され鬱積していたとしてもだ。あれでこの作品の主人公の人間性に疑問をもって読み始めたね」

 

 「稔の万引きは『窃盗症』という病気だったね」

「稔の場合は、小学生の頃からの母親の過干渉が原因とあった。大学で親元を離れたときは万引きは治まっていた。でも、結婚後、留守中の新居に母親が上がり込み、勝手に掃除、食事の用意をするようになってからまた万引きが再発した」

「そのことが原因で離婚して10年が経ってるんだよね」

 

 「ツッコミ入れるとしたら、どこかな」

「これまで2回、万引きで退職してるよね。その原因が母親の過干渉によるストレスだった。今回の万引きは原因が触れられていなんだよね。まだ母親を引きずっているってことかな」

 「でも、この物語は理由はどうあれ、組織人が万引きをしたという結果責任を求めている。現実は甘くないということか」

 

 「終盤で、同行に慣れた稔が絵麻に肘を貸そうとする場面があったね」

「絵麻が今日から一人で歩いてみると言う場面だね。会社に着くと音声読み上げソフトが届き、絵麻は仕事ができるようになるんだったね」

「その時、絵麻を雇ったのは単に障害者雇用率を満たすためだけでなく、稔に辞職を自覚してもらうためだったと悟る場面だね」

「物語のクライマックスだったね」

 

 「同僚の須本が拗ねてないで、もっと周りを見ろという場面は、冷酷のようだが稔への友愛だったんだよね」

「解雇しなかった会社の配慮でもあったわけだ。そのことに気づくのにちょっと時間がかかったが」

 

 「最後に退職を決意し、部屋が倉庫だったことを打ち明けると、絵麻が部屋の様子を話してほしいと言う場面があったね」

「殺風景な様子を一つ一つ言葉に表し、唯一の小さな高窓から差し込む光で絵麻が光って見えたことを話す場面だね。静謐な感じがした」

 

 「稔は自立できるだろうか。ちょっと無理そうな結末だったね」

視覚障害者が就職する苦労や、騙されているかも知れないけれど、信じて付いて行くしかない怖さ。絵麻はそれらを乗り越えて言うべきことを主張し、生きていくしたたかさを身につけているようにみえた」

「これらのことは、稔のこれからの転機の力になるといいね」

 

「絵麻が全盲になった時に世界が壊れたと話す場面があったね。でも、絵麻はまた別の世界を作り直したとあった。稔も別の世界を作り出してほしいね」

 「小学生の時にマンションの不思議な住人が世界が壊れると話したのは、2019年1月号の『昨日壊れ始めた世界で』の話だったね。連作になったんだね。続きが読めそうで嬉しいよ」