わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

長崎尚志「監視」小説新潮2019年2月号

 短編でも短さを感じさせない短編があります。この作品はまさにその部類だと思います。今月号で一番気になった作品です。 

 主人公は島本慎二。島本の一人息子は15年前に横浜駅で喧嘩の仲裁をした際に何者かに暴行を受け、2日後に亡くなっています。妻は次第に憑かれたように犯人捜しのビラ配りを続けます。しかし、10年目になると夫を責め別居状態になり、2年前に亡くなっています。 

 島本は定年後の再雇用を終えた今、息子と妻への罪滅ぼしでビラ配りを思いつきます。虚無感に支配されながら前日に駅を下見し、横浜駅でのビラ配りを始めます。その間に、躊躇しながらも酔っ払いの喧嘩の仲裁をします。助けた相手が礼も言わずに無関係とばかりに消え去る風景はありそうなことです。 

 島本は仲裁をしたことの高揚感を抱え帰路につきますが、何者かにつけられているような気がします。不穏な展開になりました。 

 その後もビラ配りを続けていると、一人のサラリーマンがビラ配りを手伝うといい、次第に懇意になります。名前を青木といいます。 

 ビラ配りを続けていくと、ついに決定的な証言を得ます。話を聞くと、警察発表と違い、犯人は息子と同じぐらいの男だったといいます。漫画家であるその男は犯人の似顔絵をもっていました。その絵をみて島本は愕然とします。似顔絵が青木に似ています。 

 疑念を持ちながらも青木とのビラ配りは続きます。青木の身辺を秘かに探るとアパートには何回も警察が訪ねてきたといいます。ますます疑念は深まります。一方で、青木は、亡くなった父親は母親を見張っていたといいます。島本は混乱します。私も混乱です。 

 当時のことを知る刑事に面会し、似顔絵をみせると、当夜の横浜駅では3件の喧嘩があり、漫画家がみた喧嘩は学生同士の喧嘩だったといいます。青木とは全くの別人でした。 

 後日、島本は青木に一部始終を話し謝罪します。すると、青木はビラ配りを手伝ったのは、横浜駅でホームを下見していた島本を偶然みて、島本が自殺するのではないかと思ったから監視をしていたといいます。青木は父親がマンションから飛び降りる瞬間をみていて、その時と同じ表情をしていたといいます。また、母親も自殺をしていることを話します。 

 青木は今度こそ自殺念慮者を助けたい気持ちだったといいます。一方で、仕事の悩みを聴いてもらうなど島本に助けられていたことに気づきます。 

 島本はビラ配りの本当の理由は、残された人生でもまだまだ続く長い人生を孤独の中で心が徐々に死んでいくことが怖かったから、何かやらなければとの思いだったと気づきます。 

 この物語の隠しテーマは、福祉用語風にいうと、「独居高齢者の生きがいと見守りサービス提供者の心の成長」ともいえます。 

 エピローグでは、2人でビラ配りを続けていると、また若者が老人に怒声をあげているのが聞こえます。青木が仲裁に入ったところで物語は終わります。 

 主題が「監視」であることを考えるとエピローグはない終わり方もあると思います。作者のやさしさがにじみ出ている結末ですが、ミステリーなら断面を切りっぱなしにしたような性悪も有りでしょう。 

 私は40歳代のころまで、何回も喧嘩の仲裁をしていました。痴漢を取り押さえたことが2回、盗撮を止めさせたことも1回あります。作中では正義感と書いていますが、私の場合は少し違う感覚でした。正義や善の錦の御旗を懐に忍ばせての行いに爽快感のようなものがあったと思います。 

 精神的にゆとりがあるので、当事者から怒りの矛先が自分に向かっても余裕で往なしていました。さすがに妻がひどく怖がっていましたので今は止めています。あるいは当時の自分はアイデンティティをこういうところで確認していたのかもしれません。今では懐かしい思い出です。