わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

石田衣良「清く貧しく美しく」(第19回)小説新潮2019年1月号

 先月に続き、今月もこの作品を取り上げます。2か月連続で取り上げるのは久しぶりです。それくらい今この作品に夢中です。今月号は2つの節で構成されています。 

 はじめに、先月号までのあらすじを簡単に触れておきます。 

 主人公は堅志。巨大通販会社のアルバイト作業員です。同棲している日菜子はレジのパートの傍ら、最近、近所のレストランで手伝いを始めました。2人は安アパートでひっそりと暮らしています。堅志は今の会社で正社員になれる可能性が出てきました。この会社には昔の恋人が勤めています。また、憧れだった書評の仕事も大学時代の友人の口利きで開けてきました。一方で、日菜子は書店員の板垣から結婚を前提としたおつきあいを申し込まれています。 

 2人がこれからどのような展開になっていくのか、今、作品はクライマックスになっていると思います。文章に微熱を感じます。 

 「53節」は堅志が初めて書いた書評の編集長との面談の場面です。堅志の緊張感と充実感が伝わる心象場面をいくつか取り出してみたいと思います。 

1 「フライドポテトとミモザサラダが届いた。チーズをかけた揚げたてのポテトをかじったが、堅志には味がぜんぜんわからなかった。編集長は続けた。・・・」 

2 「堅志は生ビールをのんだ。苦さが直接舌を刺してくる。人間の味覚は正直に気分を反映するものだった。」 

3 「締切を守れなんて、夢のなかできく台詞のようだ。・・・駄目でもともとの習慣が身に着いてしまっている。ゼロでなく細々とでも書いていけるなら、それで十分。峰元編集長の厳しい言葉も、堅志には暗くも冷たくも感じられなかった。」 

4 「ビールというのは勝利ののみものだと痛感した。人生のなかで忘れられない乾杯は何度あるかしらないが、この乾杯は間違いなくそのひとつだ。」 

5 「自分では発想が豊かだとも、アイデアマンだとも思ったことはなかった。きっと今、なにかが始まるときのエネルギーに心も身体も満ちているのだろう。」

  10年近いアルバイト生活の中でひっそり生きることに慣れてしまった堅志に今、転機が訪れようとしています。決しておごり高ぶることもない堅志が静かな充実感を感じている場面に共感します。 

 「54節」は日菜子がレストランの仕事の帰りに板垣と出会い、自転車を押しながら夜道を共にする場面です。日菜子の場面も少しだけ触れておきましょう。本当は全部書き写したいくらいです。凝縮された文章がすべて宝石のように美しい。 

1 「自分のことを好きな男と歩いていく。不思議な時間だった。心のなかには堅志がいる。疲れているのに、それでも浮き立つような気分がある。」

 2 「ケンちゃん、わたしをしっかりとつかんで離さないで。恋の始まりになりそうな心地よい熱と悲鳴が同時に身体の中で鳴っている。ファンファーレと警報のようだ。」 

 日菜子の人生の中でも今後、二度とあるか、わからないくらいの一大転機の場面です。これまでの慎ましい人生に今、とても強い光が差し込んでいます。嬉しい悲鳴をあげそうなくらい悩ましくも至福の時間といってよいと思います。“日菜子さん、これからどうするのですか?”