わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

石田衣良「清く貧しく美しく」(第18回)小説新潮2018年12月号

 今月号でもっとも印象に残った作品です。連載途中なので、掲載分量は小分けにされています。しかし、これだけの小分量で緊張感と密度を凝縮できる筆力はさすがにプロです。大いに堪能させていただきました。

 

 主人公は堅志(けんじ)。大学卒業後、10年近くアルバイト生活です。同棲している日菜子(ひなこ)もパート勤めで、2人で慎ましく暮らしています。2人のモットーは毎日お互いの良いところを見つけ褒め合うことです。それぞれが傷つき体験から学んだ生きる知恵なのだと思います。

 

 そんな2人に転機が訪れようとしています。堅志は今アルバイトをしている外資系の巨大ネット通販会社に正社員の道が開かれました。また文庫本の解説を書く仕事も得ました。それぞれ大学時代の友人からの紹介です。ネット通販会社の紹介者は同社に勤める元恋人という微妙な関係です。

 

 日菜子には行きつけの書店の副店長から結婚を前提のお付き合いを申し込まれています。副店長は日菜子が堅志と同棲していることを知っての申し出です。また、堅志のレコードや本の好みを見て、堅志の感性や力量を認めつつも対抗意識を燃やしての申し出です。

 

 毎日良いところを褒め合う習慣が両者の転機以降、少なくなっている描写は象徴的で思わず感嘆の声を上げそうになりました。堅志は正社員の道が開けるとバイト仲間の嫉妬やすり寄りを敏感に感じ、軋轢を最小限に食い止めようとします。立場の弱い者が身に着けた処世術の描写も哀しいほど的確です。

 

 堅志は日菜子が30歳になる前に日菜子と結婚することを前提に、自分が大企業の社員として生きていくのか、好きな本の世界で文芸評論家として生きていくのか岐路に立たされたところで連載18回目が終わります。

 

 堅志には何らかの心の傷があり正社員を避けてきましたが、大学時代に一定の実力の持主だったことはこれまでに多少描かれていました。そのことが徐々に現れてきて、今の展開になっています。スリリングです。連載小説の醍醐味ですね。