わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

藤野恵美「サバイバース・ギルト」(第6回)小説新潮2018年10月号

 連載は6回目となり、徐々に物語の輪郭が見えてきました。 

 主人公の橙子(とうこ)は37歳の心理カウンセラーです。夫の律(りつ)は元プロのテニスプレーヤーでしたが、今はテニススクールのインストラクターです。律が失業中に出会い結婚しています。2人には一人息子がいます。小1の蓮(れん)です。 

 今は家庭も仕事も順調です。しかし、葬り去りたい過去があり、その忌まわしい記憶が都度追いかけてきます。 

 橙子の父親は教員で激しいDVをしていました。それが原因で母親は離婚。妹の桃華(ももか)は激しく父親に反発し家を出ています。橙子も父親を許していませんが、母親の振る舞いにも人として信頼を寄せることができません。 

 離婚後の今でも会えば橙子や律をけなす両親。毒親によって「機能不全」から家庭崩壊に至った一家。橙子は心理学を学び、自分を冷静に見ようとしていますが常に不安を抱えています。 

 今月号では、一人暮らしをしている父親に肺癌が発覚します。手術には2人の付き添いが必要とのことで、橙子は妹と母親に相談しますが、2人からはつれなく拒否されます。 

 桃華は「肺癌って、自業自得だよね。子供が喘息で苦しんでいるっていうのに禁煙しなかった罰だよ。ざまあみろって感じ」と言います。母親は「生命保険の受取人は自分のままになっているのじゃなくて?・・・再婚していたとしても、保険金受け取れるのかしら。だったら、ラッキーよね」と反応します。 

 橙子はこのような母親に対して、“自己中心的な考えしかできず、思いやりや共感力に欠け、親以前に、人間としてあまりに未熟で物悲しい気持ちになる”として、“優しさという高度なものを母親に求めるから傷ついてしまうのだ。何も期待しないことが母親と付き合う上で肝要だ”と割り切ろうとしています。 

 ところで、この作品は橙子の職業である「心理カウンセラー」の仕事を具体的に記述しています。インテーク面接やカウンセリングの手順、スーパービジョンの記述がまるで解説本のようです。 

 また、気がかりな点があります。橙子の蓮に対する子育てです。連へのかかわりはやや奇異です。蓮を一人の独立した人格として接するのは大事なことですが、かかわりが親子のかかわりというよりは心理職のかかわりです。 

 例えば、蓮が読み方の出来栄えを「まる?三角?二重まる?」と聞いてくると、「自分ではどうだったと思う?」とまるで大人へのカウンセリングです。ふつうの親なら「うまく読めたね。二重丸だよ!」と素直に受け止めるでしょう。“ここは強く抱きしめるところ”と考えてから抱きしめる描写もあります。 

 情緒的なかかわりが薄い印象です。このような親子関係は、独立心の強い子供になるのか、依存心の強い子供になるのかわかりませんが、親子の会話と心理職の会話は違うと思いますので奇異な印象を持ちました。橙子は本当に蓮を丸ごと愛せているのでしょうか。 

 橙子はいわゆる「面前DV」で心理的虐待を受けています。児童虐待の呪縛から逃れられずに、このあと橙子の一家にも虐待の連鎖が待っているのか、橙子の強い意志で連鎖を断ち切れるのか心配な面があります。これからどのような展開になるのでしょうか。

 

この作品は「涙をなくした君に」と改題され、2019年12月に新潮社から単行本化されています。(2019年12月付記)