わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

越谷オサム「やまびこ」小説新潮2018年6月号

 今月号で最も印象に残った作品です。「鉄道」特集のテーマを受けて、作者はやまびこ号での車中の出来事を主人公の過去と現在に絡めて、旅情たっぷりに描いています。 

 主人公は佐々木真人。40歳ぐらいの生命保険会社の支店長です。真人は父親の葬儀のために妻と一人息子を先に帰省させ、郷里の一関まで一人で帰省する設定です。 

 物語は、やまびこ号が東京駅を出発し、上野駅、大宮駅、宇都宮駅郡山駅、仙台駅と北上するたびに、それぞれの駅から乗車した客の様子を描いています。 

 その乗客の様子から自分の過去を重ね、帰省先である一ノ関駅で現実場面に戻る構成です。 

 真人が最初に就職した外食産業で客や上司から怒鳴られ続け2年で挫折したことを思い出す場面は共感しますね。挫折し一ノ関駅に降りたところで涙が止まらなかった場面は感情移入してしまいました。 

 最後は、一ノ関駅に着く場面です。出迎えに来ていた妻は真人の成長記録アルバムを持参していました。そのアルバムは父親が撮り貯めたものです。真人はそれを見ながら、「『そうか。俺、親父に愛されていたんだな』おどけて発した言葉が、細かく震えてしまった」と結んでいます。 

 楽しげな子連れ家族、中学生らしき一団、会話してわかった不安と期待が交錯する新卒の女性、老夫婦の遠慮ない会話など、車中の出来事はどこにでもありそうな場面です。どのような場面も自分に置き換えることができると思索は無限に広がりますね。 

 なお、今回は「鉄道」が特集でした。随筆とインタビューが合わせて3作品ありましたが、小説が2作品しかなかったのは残念でした。小説雑誌ですので、小説の収録を期待しています。