わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

町田その子「リセット」小説新潮2018年5月号

 今月号で最も心に残った作品です。物語は、主人公の萌子(もえこ)が恋人に捨てられ、恋人を待ち続ける決心を固めるまでを描いています。 

 妹の芽衣子と亡くなった“叔母”藤江(ふじえ)、恋人・安吾の「捨てる」行為をモチーフにしています。登場人物と構成が凝っています。 

 まず、妹の芽衣子です。芽衣子は社内不倫を清算するために2年前に会社を辞めて実家に帰っています。 

 芽衣子と親交があったのは亡くなった藤江です。藤江は祖父の妻とばかり思っていましたが、実は40年前に失踪していた正体不明の人物だということがわかります。 

 藤江の家で遺品の整理をしているときに、萌子は小学生の頃に藤江が写真を燃やしている場面を思い出します。この時、萌子はこの光景が怖くなり帰ってしまうのですが、芽衣子は手伝ったことがありました。このことから、萌子は芽衣子や藤江はリセット症候群だと言います。 

 しかし、その時、芽衣子が藤江を手伝ったのは、捨てるのを手伝ったのではなく、写真を燃やす藤江の手が震えていから、可哀そうで手伝ったと言います。萌子は芽衣子の繊細さに驚きます。この場面描写は戦慄が走りました。 

 藤江は故郷も家族も捨て、自分の存在も捨てた人でした。しかし、遺品の中には芽衣子宛ての手紙と故郷の風景や幼いころの息子らしいちぎり絵が出てきます。 

 芽衣子は藤江がどうしても捨てることができなかった記憶を形にして残そうとしていたと悟ります。このことから、芽衣子は心に残る幸せな景色を抱えて生きていきたいと考えるようになります。力強い描写です。 

 最後に、萌子の決心に移ります。作品の冒頭で、安吾は「蜘蛛が来た。萌子も食われてしまいそうになったら、俺を捨てていいから」と置手紙を残して自分の元を去ったと描かれています。安吾は幼少の頃から、蜘蛛に食い殺される夢をたびたび見たとしています。 

 この怖い夢は、安吾が5歳の時に両親が一家心中を図り、安吾だけが一命を取り留めたことと深い関係があることを読者は理解できるようになります。安吾のリセット癖は、蜘蛛の夢から逃れるための行為だったと萌子は想像します。 

 冒頭場面で唯一部屋に残していったものが、安吾一家の幸せそうな写真立てだったということが後半で明らかになります。この構成も技巧に満ちています。 

 萌子は、安吾が写真を残していったのは写真を萌子に託し、安吾がまた一緒に写真を見ることができる未来を望んでいるのではないかと思うようになります。萌子は留守番電話にそのことを伝え、安吾の真意を信じて待っていたいと結びます。 

 リセットには無に帰するリセットと生かすリセットがあると思います。無に帰するリセットは究極の例は死刑です。日常生活の例では夢の中で身動きできなくなったときに夢から醒めることがあげられると思います。 

 生かすリセットは、再チャレンジできる社会のことを意味していると思います。失敗体験を無かったことにするのではなく、失敗体験から学び次に生かす視点が生かすリセットだと思います。本作を読んでこんなことを考えました。