わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

乾緑郎「杉山検校」(第15回)小説新潮2017年10月号

 この作品は、2016年8月号から連載され、今月号で第15回目です。まだまだストーリー展開は予想がつきません。 

 「検校(けんぎょう)」とは、中世・近世日本の盲官(盲人の役職)の最高位の名称です。また「杉山和一検校」は江戸元禄期に実在する盲人で、管鍼(かんしん)法という鍼(はり)治療法を確立した人物です。 

 ただし、本作品では杉山和一は描写も憚れるくらいの唾棄すべき悪人です。和一は江戸から京に向かう途中、江ノ島で柘植定十郎に殺されてしまいます。定十郎は晴眼者ですが、盲人のふりをして和一に成りすまして京で修行し、30数年ぶりに江戸に戻り開業します。開業時には50歳ぐらいになっている設定です。 

 定十郎は、親友を助けるために上位の役人を思わず殺してしまいます。それからは仇として追われる身となり、逃亡の人生が続きます。和一殺しも逃亡の過程で起こしたものです。定十郎は返り討ちを含めてすでに4人人殺しをしています。定十郎の剣法は利き腕を切り落とし、そのまま一気に喉を突く伊賀流の剣法です。 

 鍼は、正体を隠すことと、生計を立てることと、和一への贖罪で続けています。しかし、次第に正体がバレはじめ、次から次へと災難が襲い掛かります。定十郎は人殺しをしていますが、和一の極悪さに比べると性悪な悪人には描かれていません。 

 もう一人重要な登場人物がいます。長山兵庫介です。兵庫介は定十郎に返り討ちにされた甚四郎の遺児です。又候敵討ちは禁じられていますので無届の仇探しを祖父と一緒に長年続けていました。定十郎を知っている祖父が追跡中に病で亡くなります。そのため、仇探しは困難になってしまいます。 

 運命のいたずらか、祖父の臨終を看取ったのが「緑ノ市」と名乗って鍼治療をしていた定十郎です。緑ノ市の手厚い鍼治療に感銘を受けた兵庫介は、何度も断る緑ノ市を説き伏せ弟子入りします。ここまでがこれまでのあらすじです。 

 この作品には「序章「島送りの男(1)」と「間章 島送りの男(2)」があります。序章と間章から浮かび上がる島送りされる謎の男の素性は、次のようなものです。

1 杉山検校から玄米20俵、金20両という上限いっぱいの差し入れを受けていること

2 あえて生類憐みの令を破り八丈島に望んで島送りになったらしきこと

3 杉山検校の元で修行していたと言っていること

4 隻腕の男を追って仇討ちに八丈島に行くと言っていること

5 何らかの武道の覚えがありそうなこと

 

 これまでの登場人物からは、この謎の男は兵庫介かとも思うのですが、もっと若い人物のようにも思います。兵庫介が道中に空腹で辻斬りをしたときの遺児がいました。この遺児が成長し謎の男となり、八丈島にいる男が隻腕になった兵庫介という展開もありそうです(たぶん裏切られると思いますが)。この後どのような展開になるのか、わくわくしますね。 

 ところで、乾氏(以下、「氏」という)のこれまでの本誌連載作品には「機巧のイヴ」がありました。相当に練られたSF時代小説で、連載中は大いに惹き込まれたものです。機巧のイヴでは主人公の釘宮久蔵(くぎみやきゅうぞう)はほとんど全編において冷徹な悪人として描かれていました。 

 今回の作品でも和一の描写は、氏自身が悪に対する個人的な怨念でもあるような非情な書きぶりです。このニヒルで“乾いた”作風に触れると氏を見誤ることはありませんね。