わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

藤田宜永「土産話」小説新潮2017年9月号

 藤田氏は老年期を迎えた男性の本人や身内に起こる愛や恋に係る作品を本誌に連作しています。「恋物語」(2016年5月号)、「見えない再会」(2017年1月号)、「白いシャクナゲ」(2017年7月号)と続き、今回の作品となりました。 

 いずれの主人公も作者と同年代の男性で、妻と離別や死別で独り身の設定です。これまでの作品同様、今回の作品も構成、展開とも藤田氏の洗練された作風が如何なく発揮された上質の作品です。 

 藤田氏のファンは女性が多そうですが、これらの作品が単行本になったら、ぜひ男性にお薦めしたい作品群です。新潮社のマーケティングに期待ですね。 

 さて、今回の主人公は、都市銀行を定年退職し、妻に先立たれた67歳の幸司(こうじ)です。出不精の幸司が新潟にいる旧友から誘いを受けて、一人旅に出かけるところから物語はスタートします。遠出すること自体が静かな気力の充実を予感させる書き出しです。 

 その後、自分の人生を振り返る描写があります。この描写は同年代として身近に感じます。幸司は自分の人生を「無風の人生」と受け止めています。支店長で定年退職し、老後の貯えの心配もない人生は、傍(はた)から見れば人生の成功者だと思いますが、ここでは、この無風の人生が物語の下地になっていきます。 

 幸司は、友人と別れ、直江津で乗り継ぎの合間に、たまたま入った喫茶店で昌史(まさし)と出会います。この段階では幸司と昌史がどのような関係かは明らかになっていません。この辺の造りは上手いです。 

 物語は幸司の少年期に移ります。ここで1歳年上の幼なじみの小夜(さよ)が登場します。中学になる頃に小夜に恋心を抱いたこと、その後、成長とともに次第に疎遠になったことをまず描きます。 

 幸司は、27歳の時に智子と見合いし、翌年に結婚します。その後、小夜が近所に戻り、喫茶店を開いたことを描きます。幸司夫婦と小夜の近所付き合いが始まります。「智子を愛しているし、小夜に恋心を抱いているわけではない、にもかかわらず、喫茶店のドアを開けるときは心が弾んだ。」幸司の心情を端的に表しています。 

 ある時、小夜が昌史を紹介します。幸司と昌史も幼なじみで、十数年ぶりの再会です。小夜は昌史と結婚します。しかし、昌史はその後、浮気して女と逃げてしまいます。 

 場面は、直江津の喫茶店に戻ります。そこで昌史の近況が語られます。昌史は浮気女には2年で逃げられ、侘しい生活をしていました。また、妻(智子)の遺品を整理しているときに、妻が昌史に片思いしていた時期があったこと、妻が小夜に嫉妬していたことを記した日記を発見したことを挿入します。 

 幸司が妻の死から立ち直ったきっかけは、若かりし頃の亡き妻の日記に無風でない人生があったことを見つけたからだと暗示しています。 

 妻が亡くなってからも小夜との清い関係は続きます。最近はますます行き来は頻繁になっています。今回の新潟一人旅は、幸司が老後をお互いに助け合っていく間柄と割り切って小夜と一緒になろうと決心してのことでした。 

 東京に戻ってきて、直江津で昌史に出会ったこと、それでも、昌史の連絡先は教えたくないことを小夜に告げます。これが「土産話」なのですが、小夜は昌史のことはとっくに吹っ切れていました。 

 そこで改めて小夜に一緒になろうと告げます。小夜も承諾して、「無風の人生を送ってきた男にとって、とても相応しい新たな旅立ち」と結びます。 

 今回の主人公は、自分の気持ちに正直に生きることで、新たな人生を切り拓いていきました。新しい出会いを大切にする心を持ち続ければ、老後の人生がちょっと豊かになる気がしますね。いつも魅力的な作品をありがとうございます。