わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

矢野隆「耕書堂モンパルナス 其ノ壱 幾五郎が出逢う」小説新潮2017年7月号

 この作品は「夏の時代小説」と題した今月号の特集作品の一つです。「耕書堂」「モンパルナス」と来れば、何を題材にした作品かはだいたい想像がつきますが、予断を排して読むのが読書の楽しみです。

 物語は、幾五郎が耕書堂店主・蔦屋重三郎(つたやじゅうざぶろう)の前で空腹でぶっ倒れるところから始まります。気が付くと、看病していた鉄蔵と重三郎がいます。重三郎は幾五郎が気を失うときに食べ物を所望したのではなく、戯作者(げさくしゃ)になりたいと言って失神したことが“面白い”から客間に寝せた設定です。

 さて、気が付いた幾五郎は重三郎から行方をくらました琑吉(さきち)を鉄蔵と一緒に探すよう言いつけられます。重三郎の元で戯作者になりたいとする幾五郎の希望は琑吉が見つかってからと結論は先送りです。

 琑吉を探す先は初日に山東京伝、翌日に喜多川歌麿と、江戸のスーパースターがいきなり出てきます。

 鉄蔵と幾五郎に影のごとくついてくるのが斎藤十郎兵衛です。3日目に空しく鉄蔵の長屋に戻ると琑吉が腰を抜かしての登場です。

 初回ということもあり、幾五郎、鉄蔵、十郎兵衛、琑吉の生い立ちや経歴がさりげなく紹介されています。異物感がないのがいいです。

 また、それぞれの性格は、鉄蔵は破天荒ですが最終的にうまく帳尻があってしまう運の良さを持って描かれています。十郎兵衛は物静かで、琑吉は気弱です。幾五郎は登場場面こそ一番多いですが、性格描写は初回に限って言うとやや弱い印象です。善意にとらえれば、面白さこそ人生ととらえる合理主義者のようでもあり常識人のようでもあります。今後、どのようなキャラクターに色づけされるのでしょうか。

 文章はまず結論(言いたいこと)を短くズバリと言い、その背景や心情を説明していく構成が中心です。「」(かぎかっこ)を多用し、江戸の町人言葉が小気味良く展開します。

 「幾五郎、鉄蔵、十郎兵衛、琑吉。彼らはそれぞれ己の道を行き、十返舎一九葛飾北斎東洲斎写楽滝沢馬琴と名前を変え、やがて江戸の街に名を馳せることになる。しかしいまはまだ、それを誰も知らない。」と第1話が終わります。

 

 やはりモンパルナスでした。これは期待しないわけにはいきませんね。続編はいつになるのでしょうか。心待ちにしています。

 

 余談です。現代だったら“トキワ荘モンパルナス”だろうな、第1話を読んでそんなことを思ってしまいました。