わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

中野信子「孤独な脳、馬鹿になれない私」(第8回)小説新潮2017年6月号

 今月号には人生の価値について触れている随筆やコラム、小説がいくつかありましたので、それらを取り上げてみたいと思います。

 

 1つめは、「孤独な脳、馬鹿になれない私」(中野信子)です。 

 筆者は、ニュートリノ研究の第一人者であった戸塚洋二氏のエピソードを紹介しています。戸塚氏は“あなたの研究は役に立っているのか”という質問に対して「愚問」と喝破されたそうです。 

 そのことについて、筆者は「戸塚先生にとって、誰かから必要とされているかどうかなどはどうでもよく、自分が必要だと思うから研究するのであり、それは他の誰にもできないという一点において逆説的に彼自身が全世界から必要とされているという構図を作り上げているのだった。」と綴っています。 

 また、自分の人生の価値が見いだせないと告白した女性に対して、「意味のある無駄」に価値があると話したことを紹介しています。その女性はその言葉に救われたと後日、筆者に伝えてきたといいます。 

 「生きる、という言葉には『迷惑をかけず波風を立てず、世間の役に立ち、平穏な日常を恙(つつが)なく過ごす』という意味と、『生きている充実感を味わって日々を送る』という2つの意味があるように思われる。」と述べ、「世間の役に立つためにだけ消費するのなら・・・人工知能に任せておけばよい・・・役に立つことは無価値であり、無駄なことにこそ価値がある、という価値の転換が実際に起きようとしている。」としています。 

 ともすれば、人生の価値は“人の役に立つこと”と教え込まれてきましたが、これはマズローの「欲求の5段階説」に当てはめると、役に立つことで、世間の尊敬を得たいとする「承認欲求」(4番目の欲求)といえます。役に立つことで自分の内的な心を満たしたい欲求です。 

 同説の最上位(5番目)の欲求は「自己実現欲求」でした。創造的な活動がしたい欲求です。言い換えれば、自分探しにもがき苦しむ過程も自己実現欲求に含まれると思います。 

 結局、人の役に立つ人生に価値があるのではなく、“今、自分が必要としていることを一生懸命あるいは必死に「している」ことに価値がある”ということだと思います。 

 私たちは、これまでに大きな誤りや出口が見えず悶々とした経験を誰でも持っていると思います。その時は将来の展望も自分の価値も見い出せず絶望していたと思います。しかし、これまでの人生を振り返ることができる人なら、自分の人生に無駄なことは一つもなかったことを経験的に知っていると思います。 

 自分は無価値と悩んでいる人は、今はつらいかもしれないが長い目で見たときに、今の苦しみや悲しみは必ず価値を持ってくることを信じて、今の自分を大切にしてほしいと思います。

 

 2つめは、「けんちゃんのクッキー」(こだま)です。 

 本誌には、「もういちど会いたい」というコラム欄があります。今月号は「こだま」さんが「けんちゃんのクッキー」を執筆しています。筆者は「夫のちんぽが入らない」(扶桑社 2017年)で話題の主婦(作家)です。 

 筆者には7つの転職経験あり、その7つめの勤務先であった障害児施設勤務中に持病の精神病を悪化させ、そのまま辞めたといいます。入院中は現実と空想の境目が曖昧になり、どこまでも膨らんでいくおしゃべりの日々だったとしています。入院中にその施設の利用者であったダウン症の少年からゴリラそっくりな似顔絵とアラビア語のような文字の手紙をもらったといいます。 

 筆者は「私にも戻ってもいいかなと思える過去がちゃんと存在していた。人と関われることを拒否しかけていたときに1本の糸を繋いでもらえた。当の本人はそんな大事な役を担ったなんて気づいていないけれど。」と綴っています。 

 障害児が生まれ、絶望し、拒否し、自分の不幸を嘆き、その苦悩の後に“この子がいたから今の自分がいる”とその子の存在をかけがえのない存在と認め、感謝し、日々を送っている人を何人か知っています。 

 これらの人たちは、一様に懐が深く、魅力的です。悲しみを経験し、そのことを乗り越え、自分の弱さを知り、そのことを開示できた人たちは強いです。そこに人生の価値を感じます。 

 人はその存在が他者に喜びや生きる希望を、時には悲しみや憎悪をもたらし、それを克服するために新たな「活動」(行動・作用)を生みます。だから、人はその存在そのものに等しく価値があるのだと思います。こだまさんはそのダウン症の少年から生きる希望をもらいました。

 

 最後に「無限」(中澤日菜子)の一節を紹介します。 

 作中で、自分の過去に苦悩する「玄」に「天外」が言った言葉です。「『いかに生きる』に正解なんてない。あるのは過程だけだ。過ぎてゆく一日いちにちがあるだけだ。けんめいに生きて、その日々そのものが事実であり『正解』なんだ。大事なのは、現在。いまだけ、なんだよ。」