わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

藤田宜永「見えない再会」小説新潮2017年1月号

 この作品は前作(「恋物語小説新潮2016年5月号)の連作となったようです。作者と同年齢男性の過去の恋をモチーフにして、老齢期に入った男性のこれからの生き方を描く作品群になるように思います。 

 今回の作品は本誌1月号の巻頭小説でした。主人公の平間聡介は、大卒後製糸会社に就職し総務副部長を最後に定年退職し、再雇用の子会社も昨年65歳で退職している設定です。部長や取締役には昇進しなかった設定が人生は誰にでも華々しく用意されているわけではないことを意識させます。 

 現在は認知症で施設に入所している父親の相手をすることと、テレビばかりを視ている毎日です。これもありふれたサラリーマンOBの姿ですね。 

 ある時、何もすることがない父親のために娘が応募した「青春のフォークソング」という公開放送の整理券が当たり、1人で公開放送に出かけることになります。久々の外出で無意識に張り切っている自分に自嘲してしまう聡介です。赤坂近辺の風景が退職者の目で描かれています。 

 さて、物語はここから転回します。自分の隣の空席に60歳を過ぎていると思(おぼ)しき盲目の女性とその娘らしき母娘が座ります。公開放送が進む中で、その女性がかつて婚約しながらこつ然と姿を消した横地美奈子ではないかと確信します。スタジオでは因幡晃が「わかって下さい」を熱唱しています。 

 ここで、聡介と美奈子が41年前に出会い、別れたいきさつが描写されていきます。聡介が結婚の決意を父母に告げると、なぜか父親は強く反対します。厳格な父親は美奈子が母子家庭で飲み屋の娘だから反対するのだろうと想像する聡介です。 

 一方の美奈子も母親に聡介の話したのちに、どうしても結婚できないと突然言い出します。混乱する聡介は美奈子のアパートを訪ねますが、美奈子は会社を辞め転居してしまったことがわかります。聡介が現在の妻と結婚するまでには10年の癒しの期間が必要でした。 

 物語は現在に戻ります。公開放送の収録が終わって、聡介は関口と偽名を使い自己紹介し、隣の母娘にお茶を誘います。聡介と盲目の美奈子はさりげなく若かりし頃の話を語り出します。聡介は思い出の曲が因幡晃の「わかって下さい」だったことなどを語ります。真剣な恋をしたときは、大抵の人がその恋を彩った曲を持っていると思います。恋は人を詩人にしますからね。美奈子も失明した理由やこれまでのこととともに、かつて婚約し別れた人がいたことを語ります。 

 美奈子は母親がその婚約者の父親の子供を身ごもり生まれたのが美奈子であったことをその時に聞いたから姿を消したと話します。つまり聡介と美奈子は異母兄妹なのです。聡介は驚愕し胸苦しさを覚えながらも必死に他人のふりをしてその後の話を聞いていきます。読んでいる私も次第に感情移入してしまいました。 

 会計を済ませ、待たせた美奈子の席に戻ると、美奈子は「あなたの声をどこかで聞いたことがある」と言い、顔を触らせてほしいと言います。聡介は顔を委ねます。(美奈子、君が今、触っているのは平間聡介の40年後の顔だよ)聡介は涙を止めることができません。 

 このくだりに至って、私は完全に涙腺が決壊してしまいました。涙腺が決壊したのは単行本では「長いお別れ」(中島京子 文藝春秋 2015年)以来ですが、本誌作品ではいつ以来か思い出せません。

  物語は聡介が小さな秘密を胸にしまい家路につくところで終わります。 

 60年生きていれば誰でも1つや2つの秘密や過ちはあるでしょう。今は認知症になってコミュニケーションが取れなくなっていますが、酒を一切飲まない堅物と思っていた聡介の父親にも人生があり秘密があったのです。それらのことを丸ごと認めることが人をリスペクトすることなのでしょうね。 

 また、秘密とは少し違いますが、長いこと自分の引出にしまっておいた心の痛みや悲しみが時々顔を出す時がありますね。その時はまたしまえばいいのだと思います。時にはしまうことを手伝ってくれる友がいればなお心強いですね。