わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

長崎尚志「白馬の王子」小説新潮2016年12月号

 今月号でもっともハラハラドキドキさせられた作品です。 

 倉持彩子(あやこ)が危うく轢き殺されそうになったところから物語は始まります。間一髪、通りすがりの青年が突き飛ばしてくれたおかげで彩子は命拾いをします。青年は“わざと轢こうとしたみたいでした”と警察に行くことを勧めます。 

 彩子は55歳。応対した2人の巡査が色めき立つほどの美人です。半信半疑の巡査ですが一応目撃者の青年に話を聞きに行きます。青年は桜井豊、30歳。コンビニバイトのフリーターで勤務成績優秀な美青年ときています。親子ほど年は離れていますが美男美女の登場です。 

 彩子のこれまでの婚姻歴が描写されます。彩子は結婚後も恋多き女性でしたが、2度目の夫が病死してからは恋とは無縁な生活を送っていました。しかし、桜井と出会って一遍に恋に落ちてしまいます。また会いたいと密かに思う時、また轢き殺されそうになります。しかし偶然にもまたまた桜井に助けられます。ますます彩子は桜井に傾斜していきます。 

 2度の轢き逃げ未遂でさすがに県警捜査一課の出番となります。調べていくと彩子はかなりの遺産を相続していることがわかります。彩子の親兄弟は死別していますが、法定相続人に甥と姪がいることがわかってきます。しかもその甥姪がそれぞれ金銭トラブルを抱えていることがわかり、徐々に事件の輪郭が浮かび上がってきます。 

 刑事たちはどちらかが殺し屋を雇ったと絞っていきます。刑事たちの会話の中で殺し屋伝説の話題が出ます。その中で「芸術家」という殺しだけは手口が分からないとの話しになります。 

 事件の過程で姪が不審死します。同じ頃、警察に匿名の密告電話があり、刑事はいよいよ甥に絞ります。任意の取り調べで甥は轢き逃げ依頼をしたことを白状します。 

 事件は一件落着し2人の刑事はバーで慰労会となります。すると、バーでは2人の先客が大声で話をしています。先客は出版関係の人らしく芸術家論を戦わせています。報酬ではなく納得できる仕事がしたいだけなのが真の芸術家だと盛り上がっています。この人たちは事件とどう関係があるのでしょう。決着したはずなのに何なんだこの人たちは??だんだん不気味な気分に襲われてきます。 

 その時、姪は何回かにわたって薬物で殺されたことが司法解剖でわかったと連絡があります。しかもそれぞれが殺し屋を雇って、先に彩子を殺したほうが財産を多く取るルールを決めたと甥が供述したといいます。その時に姉(姪)は自慢したそうです。“あたしが雇った殺し屋はプロ、あだ名は芸術家” 

 刑事たちが彩子に事件解決の報告をしている時に、彩子が自宅にいることを桜井からの電話に伝えていたことを思い出し、刑事は悪寒を覚え物語が終了します。 

 読者は、別の殺し屋が相手を狙っていることを知り、あえてターゲット(彩子)を守り、雇い主(姪)を拷問しライバル(甥)の連絡先を聞き出しライバル(甥と甥が雇った殺し屋)を排除、その雇い主すら殺し、あとはゆっくりターゲットを始末する、報酬など関係なし、桜井の殺しは“芸術”ですからというストーリーに誘導されてしまいます。 

 冷静に考えれば30歳の伝説の殺し屋というのは不自然なのですが、作者は決して桜井が殺しの芸術家だとは言っていません。もし読者がプロットが不自然だと批判したら、“私は一言も言っていませんよね”と反論するでしょう。いいですねこの作品。