わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

桜木紫乃「男と女」小説新潮2016年10月号

 この作品はシリーズの6回目となっています。シリーズは主人公で看護師の平原紗弓(さゆみ)と、ほとんど紗弓の“扶養家族”状態となっている夫の信好(のぶよし)が北海道の地方都市で慎ましい生活をしている日常を描いたものです。 

 今回の作品は当直アルバイトに転職して間もない紗弓が老人病棟で出会った入院患者の七重(ななえ)ハマ子から頼まれた口述筆記の手紙を主題としたものです。 

 紗弓は初めての勤務の日にハマ子から手紙の口述筆記を頼まれます。文面は30代の頃に職場で優しくしてくれた和田伸吾という男性への思いを切々と綴ったものです。しかも清書はティッシュペーパーのような薄い化粧紙を2枚一組にして書いてほしいといいます。最近ではあまり見かけない古いタイプの懐紙です。 

 宛先を見た信好が近くだといい信好に案内されて2人で住所を尋ねます。尋ねた先はお寺でした。和田は檀家の一人ですでに亡くなっているといいます。お寺ではハマ子の手紙を毎年供養しているとのことです。 

 手紙に使っていた便箋は「たった一夜自分に優しくしてくれた男が、重ね合ったあとの体をやさしく拭いてくれた高級化粧紙だった」と知らされます。 

 行為のあとの懐紙が便箋用紙という着想は驚嘆です。このような着想を描ける作家が他にいるでしょうか。 

 さらに物語は高みを極めます。住職は「手紙を置いていきなさい。ポストに入れるより心が楽ではないですか」とハマ子に出会ったことで背負い込むことになった辛苦を手紙と一緒に置いていくことを勧めます。 

 紗弓は「知られたくない事実にもときおり、わかって欲しいという薄い欲が膜を張る」とハマ子の情念を理解します。紗弓はハマ子の悲恋と思い比べ、慎ましくも今が小さな幸せであることを感じながら物語を閉じます。 

 私は2015年10月号の「家族旅行」でも感想を書きましたが、このシリーズは好みです。短い文章の中に、紗弓、信好、住職、ハマ子のそれぞれの思いが凝縮されていてかなり高品質な作品と感じています。 

 今はまだシリーズ名がありませんが、いずれ単行本になったときにどのようなシリーズ名になるのか楽しみです。