わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

藤田宜永「恋物語」小説新潮2016年5月号

 今月号の特集は、「青の時代―大人のための青春小説」として、9編の作品が収録されていました。作品は大きく分けて、現在を青春時代ととらえて展開している作品と、過去の青春時代を回想している作品に分かれていました。 

 私が今回の特集でもっとも好いと感じた作品は、「恋物語」(藤田宜永)です。この作品は、65歳の主人公・日野昭二郎の現在をとらえた“青春小説”です。 

 ストーリーは、昭二郎がたまたま道で出会った老女・松浦多恵(83歳)の若かりし頃の恋人を一緒に探すというものです。最初は認知症の徘徊老人かと思った昭二郎でしたが、話していくうちにしっかりとした女性であることがわかります。 

 多恵は思い出の完結のためにかつての恋人を探しているといいます。過去の成就しなかった恋の行方を確かめたくて実際に行動を起こすことはすばらしい人生の謳歌だと思います。 

 一方で、昭二郎は一緒に多恵の恋人を探す道すがら、過去の恋人の話を多恵に求められます。大いに当惑する昭二郎ですが、話し始めた内容は多恵の恋愛同様、それぞれに懸命に愛した若かりし頃の人生の軌跡です。作者の筆力が作中話を尊く仕立て上げています。 

 私はかつて仕事で、研修のセミナーで自らの初恋の話を相互紹介するワークに立ち会ったことがあります。いい齢をしたおじさんたちが恥ずかしそうに話し始めるのを微笑ましく眺めた記憶があります。しかし、話し終えたときの晴れやかな表情やグループの雰囲気はその研修テーマを実現するのに大変効果的なプログラムであったことを覚えています。 

 もし、作中で昭二郎が自らの恋愛を開示する場面がなかったら、単なる親切心からの同行で終わってしまったと思います。しかし、この場面を挿入することで、多恵との距離感が一気に縮まり、その後の展開が不思議と現実味を増していきます。 

 終盤で多恵のかつての恋人はすでに亡くなっていることがわかります。しかし、この物語がすばらしいところは、恋の回想で終わらないところです。 

 多恵を自宅まで送った昭二郎は多恵の自宅で多恵の娘・敦子と出会います。45歳で離婚しそのまま独身を通してきた昭二郎ですが、最近、恋をしたいと退職仲間と話す場面があります。そうした伏線の中で、離別か死別かは触れられていませんが敦子との出会いとなります。昭二郎は敦子の柔らかさに包まれていたい気分になり、芽吹いた心を感じながら物語を終えます。この辺の描写は作者の等身大の目線かもしれませんね。 

 本特集テーマに絡めていえば、出会いはある日突然やってくると思います。そういう出会いに真正面から向き合うことが青春なんだと思いました。青春は勇気と失敗でできています。人生は青春の連鎖ですね。