わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

谷村志穂「アンクランプ」(第14回)小説新潮2016年2月号

 この作品は、2015年1月号から連載され、今月号で14回の連載となっています。

 

 物語は、1999年に日本で最初の脳死による肝臓移植手術を行うところから始まり、その後1984年に遡ります。この年に来日したドクター・ゲイゼルの講演に感銘を受けた若き佐竹山行蔵(こうぞう)、古賀淳一、加藤凌子が渡米しゲイゼルの下に師事し、臓器移植を学び、1997年に帰国し、1999年の臓器移植に至るまでを描いています。

 

 最近の号では、国立北洋大学医学部に新設された移植外科に招聘された佐竹山が、脳死が人の死と理解されず、なかなか移植手術が実施されない中で懸命に移植手術の意義を広めようと苦悩をしている姿を描いています。

 

 今月号では、佐竹山が僻地の町立病院から顧問料をもらっていることが新聞報道されます。その後、北海道で医師の名義貸しが横行していることが大々的に報じられます。アメリカ帰りで日本の世事に疎い佐竹山はスキャンダルに巻き込まれてしまいます。

 

 主な登場人物を紹介すると、佐竹山はゲイゼルの下で働き始め日本における移植手術のパイオニアになっています。大柄で豪快なところがありますが、細やかな機微には疎いところがあります。古賀はイケメンの独身医師で、恋人を阪神淡路大震災で亡くしています。凌子は1968年に日本で初めて行われた心臓移植手術で、その後殺人罪で告発された加藤清治医師の娘です。

 

 序章では1999年に日本で最初の脳死からの肝臓移植手術が行われますが、執刀医は凌子です。今月号の1997年現在ではまだ凌子は帰国していませんので、その後の展開で凌子も帰国するようです。

 

 また、佐竹山は、所属が明進大学付属病院第一外科教授となっています。アメリカ帰りの「移植医療のメジャーリーガー、凱旋帰国」「スーパードクター、最強チーム」の報道があることから、佐竹山らは北洋大学を辞め、一度渡米し、その後また帰国する設定ですね。

 

 帰国メンバーには、佐竹山、古賀、凌子とすでに作中に登場しているT大出身の大木のほかに、田中という医師がいます。田中はまだ登場していませんので、今後登場するのだと思います。

 

 私がこの作品で最も心惹かれる人物は、凌子です。凌子はゲイゼルの下で来る日も来る日も日の当たらない実験室で動物実験を十数年繰り返しています。父・加藤医師の娘として移植手術に寄せる確固たる信念が動物実験データ収集のモチベーション維持になっているのだと思います。トップのゲイゼルを支える医療スタッフとしての自覚と意志の高さに敬意を覚えます。凌子のひたむきさに涙したことがあります。

 

 凌子の実験室を訪れる人間はデータ回収に訪れるサワダ医師だけです。サワダはいつも凌子を見守っています。ある時、凌子はサワダに愛を告白しますが、サワダがこれを静かに断る場面があります。凌子の成就を静かに見守ることがサワダの愛ということなのでしょうか。

 

 初回の序章だけを読んだときは、動物での臓器移植の経験は豊富でも、人間の臓器移植の経験がほとんどない凌子がなぜ佐竹山から指名を受けたのかはわかりませんでしたが、ここまで読んでくると、その意味が浮かび上がってきます。

 

 佐竹山の中では法が整備された後の日本で最初の脳死による臓器移植手術は凌子以外に考えられなかったのだと思います。凌子が加藤清治医師の娘だったからです。

 

 このようにみてくると、序章で凌子が小児患者を前にして、声が震えていたことや、周囲の雑音の意味が違った意味をもってきます。改めてそのことに気付くと、これまでの共感以上に、凌子の手術にかける思いに胸が熱くなります。

 

 もとより、この後どのような展開になるかはわかりませんが、最終章は序章で凌子が執刀したことを受ける形での結びになることを望みたいですね。

 

 何作か谷村氏の作品を拝読させていただいておりますが、この作品は同氏の作品の中で私が最も好きな作品になりそうです。因みに、“アンクランプ”とは、「~の留め金をゆるめる」という意味で、外科用語では「鉗子(かんし)を外すこと」だそうです。

 

*本作は、「移植者たち」と改題され、2017年8月に単行本化されました。本誌に連載されていたときは、勤務している病院名が初回と最終回で違っていて、ストーリーが破綻していたのを覚えています。あれほどつじつまの合わない作品が公刊されていることに唖然としたことを思い出しました。単行本化にあたり、つじつまの合わない部分を修正し、併せて改題したのだと想像しています。(2017年9月3日追記)