わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

貫井徳郎「邯鄲(かんたん)の島遥かなり」(第4回)小説新潮2016年1月号

 この作品は2015年10月号から始まり、12月号までが第1部「神の帰還」、1月号からは第2部「人間万事塞翁が馬」となっています。 

 時は明治の御一新になった頃です。舞台は「神生島(かみおじま)」という島でたぶん架空の島です。私は勝手に(東京都・伊豆七島の名前が似ているので)神津島か、八丈島あたりをイメージして読んでいます。 

 この島には、一ノ屋家に美形の男子が産まれると島に吉兆をもたらすという言い伝えがあります。一ノ屋松造(まつぞう)通称イチマツは、何十年ぶりかに産まれた神々しいばかりの美男子です。すでに一族はイチマツを除いて絶えています。そのイチマツは島での生活に倦んで島を抜け出しますが、5年ぶりに島に戻ってきたところから物語は始まります。 

 イチマツは島に戻ってきてからは次々と島の女と通じ子を成していきます。島の男たちは最初は福をもたらすイチマツとはいえ乱倫に戸惑い反発しますが、次第にイチマツが実際に福をもたらすことに納得していきます。イチマツは女を嫁にすることも囲うこともなく、子を成した女は島の男と結婚し幸せな家庭を築き、また豊漁が続きます。不思議とイチマツと通じた女とその子には痣が残ります。これが一ノ屋の血を分けた証拠となっていきます。(というように、この物語はファンタジー時代小説で、発想を柔軟にして読んでいくべき作品です。) 

 イチマツは島を出た後、江戸で新撰組に入隊し、戊辰戦争後に永倉新八と別れ、島に戻ってきた設定です。イチマツは島での生活を6、7年続ける間も内地の動向が気になり、御一新が9年たったある日、こつ然と姿を消します。 

 これらの男女の交わりやイチマツの苦悩は、6、7歳から14歳になるまでの新吉の感性と理解力を通して描かれていきます。イチマツが西郷隆盛を討つべく、新政府軍に加わり九州に征討したことを知っているのは新吉だけです。この間の新吉は耳は聞こえていますが、話すことができない少年でした。 

 しかし14歳の時に突然言葉が出るようになります。「イシマツさん・・・」イシマツを思い出し最初に発した言葉です。その声を聞いた五郎太が仰天している顔がおかしくて声を上げて笑ったところで第1部が終わります。もし私がその場に居たら涙を抑えるのに苦労したかもしれませんね。 

 一ノ屋家を神とする共同体意識が根底にあるからか、言葉が出ない新吉を島民は受け入れています。新吉は差別を受けることもなく、聡明な少年として描かれています。こうした設定に作者の人間的な温かさを感じました。 

 さて、いよいよ1月号からは第2部が始まりました。1月号では、六蔵(ろくぞう)が主役です。六蔵の娘・おこうはイチマツが通じた最後の女です。これまでに産まれたイチマツの子はいずれも美形ではなく、六蔵は今度こそ美形の男子が産まれるのではと密かに期待します。しかし産まれた子は六蔵似でした。孫は平太(へいた)と名付けられました。しかも平太は知恵遅れでした。 

 六蔵はかねてからのくじ運の悪さに今回も「外れ」だったと諦め、おこうにも平太にも申し訳ない気持ちを募らせます。平太のことで周囲から陰口をたたかれてもひたすら耐える六蔵です。 

 おこうにも嫁の貰い手が現れます。玄吉です。玄吉は遊び人で六蔵はあまり気が進みませんでしたが、平太ともども引き取る男はもう現れないと納得します。しかし、ほどなく玄吉は平太を虐待し始めます。さらにはおこうにも手を出すようになります。夫婦仲は壊れ、おこうと平太は六蔵の家に戻ってきます。 

 落胆する六蔵は「お前の運が悪いのか、それともおれの運が悪いのか。どっちなのかなぁ」と慨嘆します。すると平太が不意に「どっちでもないよ」と言葉を発します。六蔵は運を恨んでも仕方のないことを平太の言葉に教えられます。このセリフは今後の展開の伏線になるような気がしました。 

 その後、これまでご法度だった花札が解禁になり、定期便で花札が島に持ち込まれます。六蔵が花札を1組買ったことで六蔵の家は花札客の溜まり場となります。そのうち客が面白半分に自分の手札を平太に見せるようになったところで第4話が終わります。 

 六蔵は船を持ち、人を使っている漁師の親方ですので、それなりの気概をもって一家を支えているはずですが、己の身の丈を自覚していますので、密かな上昇志向は持つものの現実を受け止められる人物です。 

 自分ができなかったことを子や孫に強要し苦痛や傷を与えてしまう親や祖父母の例は枚挙にいとまがないことを考えると、平太が六蔵の家に生まれたことは平太にとっては運が良かったといえます。このような温かい設定をした作者にここでも豊かな人間性を感じました。 

 第2部の主題は「人間万事塞翁が馬」ですので、この後、どのような展開になるのか期待してしまいます。