わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

日野俊太郎「瀬戸内GGオールスターズ」小説新潮2015年12月号

 今月号で心に一番響いた作品です。主人公の大竹は自分がエリート講師として爺さん講師のリストラ評価のために合宿に派遣されるものと臨みますが、実は、教務本部長のねらいは大竹に人間教育のできる真の講師となってもらうために派遣したものでした。当初は爺さん講師にダメダメ評価を下す大竹でしたが、爺さん講師のスキルに敗北感を味わいます。その後、大竹が教育とは何かに気づく物語です。爺さん講師のスキルが次世代の講師に伝承されていく様を扱った気持ちの良い作品です。 

 このページを訪問してくださった方のために、もう少し詳しくあらすじをご紹介させていただきます。 

 主人公の大竹は優秀な銀行マンでしたが、業務に疑問を感じ10年勤めた都市銀行を退職しています。現在は進学塾の非常勤講師になって5年目です。大竹の授業は銀行時代に培ったスキルを生かした映像資料などを交え、中学生や保護者からは高い評価を受けています。3年目には350人いる非常勤講師の中でも中等部社会科のトップ講師になっていました。 

 ある時、大竹が勤務する進学塾・拓道学園の「瀬戸内学習合宿」を視察するよう指示があります。この合宿は園内模試上位200人に毎年行われている夏合宿です。プログラムをみると、「講師からのお話」がやたらと多く訝しく思う大竹です。策士といわれる落合教務本部長直々の依頼に大竹はベテラン講師のリストラか何かの計算があるのだろう思いながら話を受諾します。 

 大竹は合宿2日目にして、合宿を20年間皆勤という爺さん講師5人のデタラメぶりに呆れ返ります。英語の杉田、数学の連(むらじ)、理科の宮垣内、国語の五島(ごしま)、社会の小松らは全員70歳以上です。特に小松に至っては81歳と最高齢です。彼らは、自分たちを「GG(がくしゅうがくしゅう)オールスターズ」と称し、旗まで作っている始末です。洗脳めいた授業もあります。大竹のメモはついに粗探しレポートとなってしまいます。大竹は合宿の中日前には合宿への不信感が確信に変わっていきます。 

 合宿は後半になります。この日突然、成績順に席替えが実施されます。着座した机の引き出には昨年の合宿で同じ席についていた先輩からの手紙が入っていました。それを見た生徒たちはある生徒は声を出し泣き、ある生徒は肩を震わせます。勉強スタイルがここを境に一変していきます。爺さん講師たちの指導も今度は一人ひとりの生徒を励まし、診ていくスタイルに変わります。 

 ある日、社会の小松が授業中に倒れ、大竹が代役で授業を受け持ちます。大竹は完璧に準備をし、授業も大いに盛り上がりましたが、初めて敗北感を味わいます。眠れぬ一夜を過ごした翌日、最上位クラスで最終授業を代行します。あらかじめ用意したタブレットは使わず対話だけで授業を試行します。小松のようにはいきませんでしたが、生徒たちとの学びの時間が豊かに感じられ、何とも言えない高揚感に包まれます。 

 最終日は小松が講話を担当しました。小松は「無知の知」の話をします。この言葉はソクラテスが知の探究の出発点とした言葉で、小松が11歳の時に兄から教わった言葉でした。「この言葉さえ覚えていたら、死ぬまで謙虚に学び続けられるぞ」と言って次の日に出征し、そのまま帰らぬ人となった話をします。小松は「きっかけは何でもいいと思います。一生自分を動かし続ける何かを、この合宿で見つけて帰ってください」と結びます。大竹にも十分響いた言葉になっていました。 

 いよいよ最終日です。解散式が行われます。GGオールスターズの引退宣言の日でもあったのです。大竹は帰路のバスの中で翌年度はこの合宿で自分がどんな講師になっているのだろうと思いながら物語を終えます。 

 私事ですが、私は数年前から社会人向けに講師を年に何回か行っています。始めたばかりのころは、それなりの講師評価をいただくのですが、それ以上に評価が上がることはありませんでした。講師に向いていないのではないかと思うときもありました。 

 その後、講師をしていく中で、これまでの講義は知識を伝えることに腐心していたことに気づきました。以降、知ではなく心を伝えることが大切だと気づき実践すると、講師評価の壁を一つ乗り越えることができるようになりました。 

 心を伝えるためには、何を準備し、どう受講者に接し、どのように語り、どのように講義を終えるのが良いかが見えてきました。毎回課題はありますが、今は多少なりとも自然と受講者に対する敬意やもてなす心で接することができるようになっていると感じています。