わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

天野純希「丹波の悔恨」小説新潮2015年7月号

 主人公は百地丹波(ももちたんば)。丹波を支える妻・お梅共々70歳を超える伊賀の老忍者です。丹波の拠点・伊賀は信長に蹂躙(じゅうりん)され、丹波は復讐を誓います。しかし自らの老境と内通者が出るなどで、信長暗殺は思うようにいきません。 

 丹波はついに明智光秀の軍勢に加わり、信長の首級を上げますが、その時には憎しみの確信が持てなくなっていました。丹波は秘密裏に首の供養を依頼し、戦場を離れます。 

 作品では、お梅の設定が微笑ましいですね。お梅は丹波が信長を討つことは不可能と見抜いていますが、丹波の執念を尊重し、常に丹波を陰ながら援護しています。お梅の戦闘能力は丹波より高い設定です。これまでに何度も丹波の危急を救っています。 

 二人は信長亡き後、郷里で余生を過ごすべく伊賀に向かうところで物語を終えます。(因みに、百地丹波伊賀流忍術の祖といわれています。) 

 本誌での天野純希氏の作品は、数か月ごとの不定期でしたので、シリーズだったことを意識したことはありませんでした。しかし、改めて、これまでの作品を振り返ってみると、織田信長に敗れた武将に焦点を当てたシリーズだったことがわかりました。 

 時には愚かさを、時には不運を、時には敗者の美学を描いていました。しかし、今回の作品の主人公は武将ではありません。年老いた忍者夫婦でした。しかもハッピーエンドではありませんか!これまでのシリーズとは明らかに作風が異なっていました。もしかしたら、最終話なのかもしれませんね。 

 そこで、これまでの連作に感謝の気持ちを込めて、それぞれの作品のあらすじを振り返ってみたいと思います。

 

2013年10月号 「義元の呪縛」

 今川義元桶狭間の戦いで亡くなるまでを描いた作品です。義元は今川家の屋台骨で師である太原雪斎(たいげんせつさい)亡き後、信長を破ることが雪斎を超えることと自分を鼓舞し今川家を支えてきました。しかし、最後まで師を超えることはできず、今際の際に師に赦しを乞い、迎え入れられて目を閉じます。

 

2014年4月号 「直隆の武辺」

 主人公は真柄十郎左衛門直隆(まがらじゅうろうざえもんなおたか)。越前朝倉義景の家臣。自らの武将としての才を信ずるも武功に恵まれず功名を焦る直継です。最後は信長との戦い(「姉川の戦い」1570年)で嫡男・隆基の諫言を聞かず武功を焦るあまり敵陣(徳川の陣形)に深入りし過ぎ、嫡男をも失います。討死に間際に己の非才を悟り物語を終えます。

 

2014年7月号 「承禎の妄執」

 主人公は六角承禎(ろっかくじょうてい)。六角家は近江源氏佐々木氏の嫡流で、鎌倉から足利の世に至るまでの近江南半国の守護を務めてきた名門です。一時は三好長慶(みよしながよし)を破り、京の覇権を手に入れたこともあります。 

 しかし、織田信長が登場すると、全く歯が立たないばかりか相手にもされません。何とか逃げ延び流浪の途中でキリスト教に入信します。入信後は妄執を捨て平穏な余生を送っていましたが、24年が経過したある日、78歳になる承禎は、秀吉の御伽衆になっている嫡男・義治の来訪を受けます。すると、昔話に突然、十字架を投げ捨て、「旗を掲げよ。目指すは信長の首」と駆け出すのでした。

 

2014年10月号 「義継の矜持」

 主人公は三好左京大夫義継(みよしさきょうのだいぶよしつぐ)。信長の臣下に下るもたびたび信長に反旗を翻し、その都度、和睦を乞い乱世を生きてきました。義継は、第13代将軍足利義輝を討ち、かつて畿内を制した三好家を瓦解させた暗愚の当主との世評です。しかし、最後は信長から身柄を預かっている将軍足利義昭を誅殺するよう命じられ、あえて拒否し信長と決戦し散っていきます。題名のとおり義継の武士としての矜持を描いた作品です。

 

2015年4月号 「信栄の誤算」

 主人公は佐久間信栄(さくまのぶひで)。取り潰しにあった織田家の宿老佐久間信盛の嫡男です。戦嫌いの信栄は天下統一後は文人官僚の時代がくることを予想、あるいは願望していました。茶の湯に没頭する信栄でしたが、そもそも佐久間家の取り潰しで文人官僚の道は夢と消え、剃髪し余生を送ります。

 

 単行本になったときに読むとまた違った感慨があると思います。連作ありがとうございました。

 

(2015年10月4日追記)

 本連作は2015年10月号において、織田秀信(幼名 三法師)を主人公にした「秀信の憧憬」が掲載されています。終結ではなかったようです。読みが外れました!