わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

押切もえ「抱擁とハンカチーフ」小説新潮2015年1月号

 今月号で最も印象に残った作品は、押切もえさんの「抱擁とハンカチーフ」です。我が家は全国紙を取っていないので、今月号がどのような広告だったかは知らないのですが、押切さんは大々的に告知されていたのでしょうか。本人のブログによると本作品は2作目の小説とのことです。 

 トップモデルが書いた小説という話題性を除いても、純粋に作品としてプロットがしっかり構成されていて、構成要素満載ですが、それらがすべて見事に収斂されています。押切さんの作家としての力量に驚嘆しました。 

 主人公は須永彩未(あやみ)。物語は、40歳代の売れない女性画家・彩未が過去に1度だけ脚光を浴びて、その栄光と、元夫・江藤広弥(ひろや)が現代画家としてますます名声を博していくことにライバル心や嫉妬心を持ちながら、公募展の作品に取り組もうとしている設定です。当然、絵には行き詰まりを感じ思うようには描けません。ただし、その描写にはそれほどの切迫感はありません。これは押切さんの作風だと思いました。 

 このような中で、一人娘の光彩(ひかり)がアイドルグループのオーディションに受かり、親元を離れ、着実に一歩を踏み出そうとしています。この辺の記述は業界人ならではの描写でしょうか、リアリティがあります。 

 物語はここで、「転」に至ります。彩未は行き詰まりの果てに絵を辞めるために家の整理を始めます。すると、16年ぶりに忘れていた箱が見つかります。箱の中からは当時の江藤との思い出の写真や絵が出てきます。 

 また、絵を辞めた母親が絵画教室に来る子供たちを描いた楽しげな絵が出てきます。その絵の中には小さい頃の彩未も描かれているのを発見します。このくだりは思わず涙が出そうになりました。過去に絵を断念した母親がその後、子供たちと絵を楽しんで過ごしていたことを知り、彩未は立ち直りのきっかけをつかみます。この辺の母親と今の自分との対比はすばらしいです。 

 さらに、混迷の中で救いを求めて娘に電話した時に、光彩からは「お母さんの絵が好きだ」と言われたことを思い出します。また、自分の元を離れて行った飲み友達の諒介(りょうすけ)から手紙があり、その中で光彩がインタビューの中で毎年、「父親が送ってくれるハンカチが宝」と言っていたことを知らされます。 

 これらのことから、彩未は立ち直り、絵を楽しむことに思い至ります。こうして、公募展に出す絵を完成させるというストーリーです。押切さんは絵に関する何らかの経歴があるのでしょうか。絵の視点に説得力があります。あるいは文筆の才能なのでしょうね。 

 さて、光彩は多感な時期に両親が離婚していて、加えて母親が不安定では、普通なら光彩が素直に育つには困難な状況がありますので、もっと違う展開も考えられます。しかし、作中では光彩は独立心があり気力充実した毎日を送っている設定で、母親の混乱を受け止めています。 

 また、離別した父親が毎年、母子に贈ってくるハンカチを素直に受け入れています。光彩は彩未(母親)が理解できなかった江藤(父親)の愛を理解できているというように出来過ぎの16歳として描かれています。 

 彩未についても、諒介を家に泊めながらも性の関係がないなど、押切さんは、鋭利な描写は避けて、きれいに仕上げています。 

 この作品を物足りないと感じるか、素直にストーリーに浸れるかは人それぞれかと思いますが、私は純粋にストーリーに浸り、彩未の立ち直りに共感しました。押切さんが次の作品でどのような変化を見せるのか大いに期待しています。ありがとうございました。