わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

有川浩「クリスマスに家に帰る」 小説新潮2014年12月号

 不覚にもこの短編を2度読んで2度とも涙腺が決壊してしまいました。 

 この作品は全体が4つのブロックで構成されています。最初のブロックは、紀ノ川堂書店東京八重洲口支店文芸書担当の井脇始(いわきはじめ)が、児童書担当新人のハヤシくんにクリスマス商戦むけのアイデアを助言したところから始まります。 

 アイデアというのは、子供たちがクリスマスプレゼントの希望をサンタへの手紙として書いて、その手紙を書店が受け付けるというものです。 

 『「井脇くん、どっかで児童書担当したことあったっけ?」「いえ、ないですけど。ベテラン書店員に教わったんです」それ以上喋ると涙がこみ上げそうで、井脇は笑顔でごまかしながらその場を離れた。』としたところで最初のブロックが終わります。 

 まだ、この段階では涙が出るような記述はないのですが、不意に涙が出そうになり、自分でも驚きました。 

 次のブロックは、地方都市で井脇の父親が2代目となって個人書店を経営するようになった頃のことが描かれます。井脇が幼少期のころの記述です。サンタへの手紙は当時の父親のアイデアでした。地方の個人書店が生き残るために、祖父の代は学術専門書店でしたがマンガを扱う書店に転換したことなど、昨今の出版業界の状況を織り交ぜながら描かれていきます。父親と祖父との経営方針をめぐる軋轢のなかで、幼い井脇にわかるように信念を説明する父親の場面は、父親の人柄の良さと温かな愛を感じさせる展開です。 

 その後、ストーリーは現在に戻って、父親が倒れたことで父親の書店を継ぐべきか悩む場面が出てきます。井脇が素直に父親を尊敬していることが感じられる穏やかな文章です。 

 3つめのブロックでは、新規開設店の店長の話も出てきますが退職を決意します。いよいよ起承転結の「転」の場面に向かいます。井脇は知己の作家と編集者から依頼された新刊を500冊仕入れ、最後の大仕事に挑みます。 

 最後のブロックです。500冊の本を10面展開にしてタワー積みという展示を仕掛けます。こういう景気の良い山積みは見たことはありませんがさぞ壮観でしょうね。井脇は出来上がったタワーの前でハヤシくんらと記念写真を撮る場面になります。 

 もうこの辺からはなぜか涙があふれ活字が読めません!10年近く決心がつかなかった父親の後を継ぐ時が来たことに共感したことや父子愛に触れたこともありますが、井脇が退職を目前にして最後の大仕事に取り掛かったことに、無意識のうちに今の自分を重ねたのですね。やっと涙の正体がわかりました!(涙は浄化作用がありますので、それはそれでいいでしょうと自分に納得です。) 

 エンディングに向かいます。井脇は無理を承知でサイン会を編集者に頼みますが、さすがに夏に実施したばかりなので一旦は断られますが、井脇の退職を知って作者と編集者が書店に現れます。最後は、父親にタワーの前で笑っている自分の写真を添付して、「クリスマスに家に帰る」と送信ボタンを押して物語を終えます。 

 わかりやすい展開です。エンディングに向かいますます涙があふれ、鼻をかみながら読み終えました。心の中の不純物が一気に押し流されたような爽快な気分です。 

 12月号はクリスマス特集でした。本作品以外にも「逆算」(朝井リョウ)、「きみに伝えたくて」(あさのあつこ)、「一人では無理がある」(伊坂幸太郎)、「子の心、サンタ知らず」(白河三兎)、「柊と太陽」(恩田睦)、「荒野の果てに」(三浦しをん)が収録されていました。抱腹絶倒の作品あり、涙の作品ありとそれぞれに違うアプローチでクリスマスを描いていました。いずれも宝石のようにキラリと光る短編だったと思います。良質な作品をありがとうございました。