わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

青山文平「真桑瓜」小説新潮2014年10月号

 今月号で最も余韻の残った作品です。

 ストーリーは、一言でいえば、白傘会(はくさんかい)という80歳以上の現役旗本で構成する親睦会で刀傷沙汰があり、その理由を究明するというものです。このストーリーを展開するにあたり構成する素材がとにかく見事です。また、時代小説で元気な後期高齢者に焦点を当てるところが長寿大国日本の現代の作家ならではの発想で好ましく思いました。

 さて、ストーリーの肉付けは、はじめに、上司である組頭(くみがしら)の内藤雅之が部下の徒目付(かちめつけ)の片岡直人に居酒屋で事件の概要を説明する描写から始まります。社内ではなく、職場の近くの居酒屋で話すところがミソです。内藤が片岡に事件の概要を説明する過程で居酒屋の小料理の描写があります。これがいかにも江戸前の新鮮さが漂います。また、内藤の飲み方や食事観と片岡の食事観の違いを描き、それぞれの性格や生き方の違いを表します。

 さらには、徒目付には名より実を取るか、徒目付を旗本への踏み台にするか2通りの生き方があることを挿入します。しかし、内藤はそのどちらでもないとしています。内藤は実入りにも執着せず、上昇志向とも無縁な立ち位置で仕事をしています。今の社会でいえば、出世には関心のない人の好い万年係長か課長でしょうか。

 一方、片岡はお家安泰のためにも何としても旗本職を確保しなければならない事情があります。片岡家は「半席」で直人が御目見以上の役職となることで直人の子の代に晴れて旗本になれる人事制度であることを説明します。このような背景とこれまでの仕事の適性を見込んで、内藤は片岡に「頼まれ御用」を任せます。内藤は実はなかなかの人材マネジメントに優れた管理職です。

 ここからストーリーは本題に展開していきます。事件は、87歳の山脇藤九郎(やまわきとうくろう)が突如、親友で同じ87歳の岩谷庄右衛門(いわやしょうえもん)に斬りかかったというものです。山脇は遠縁先に預かりの身となっていますが、斬りかかった理由を一切話しません。そこで片岡が理由を聴き出す出番となりますが、片岡にしても全く聞き出す見通しが立ちません。

 内藤が聞き及んだ話によると、山脇は些細な理由なので話したがらないが本当は話を聞いてほしいはずだとしています。片岡は見通しのないまま、とりあえず内藤の話に出ていた書物奉行82歳の安井博文のもとに事件当日の状況を聴きにいきます。片岡は安井に敬意を払い接することだけが唯一の方法だと信じ安井邸に向かいます。

 事件のあった白傘会は岩谷庄右衛門の屋敷で行われていました。安井からは料理の最後に出た水菓子(デザート)の真桑瓜(まくわうり)を見ると様子が変わったという話を聞き出しますが、まだ理由らしき理由がつかめないまま安井邸を辞します。

 その後、安井邸からの帰路で系図を売る浪人に出会います。片岡は系図には興味はないものの、病(やまい)のときの禁忌(きんき)の一覧図表を見せられます。片岡はこの図表の中から麻疹(はしか)に真桑瓜は禁忌であることを発見し、その図表を買い、急いで山脇藤九郎が謹慎している屋敷に向かいます。そこで、山脇の息子が麻疹にかかったときに真桑瓜が食べたいと言い出し、見舞いに来た岩谷に麻疹の時に真桑瓜は食べて大丈夫か相談したところ問題ないと言われ、真桑瓜を食べさせた話を聞き出します。息子は真桑瓜を食べた翌日に亡くなったとのことです。

 山脇は次第に岩谷を恨むようになりつつも、一方で岩谷を敬愛する自分がいることも率直に認めています。自分がもがき苦しんでいるように岩谷も真桑瓜の一件を抱えているものだと信じていたのに、岩谷がデザートで真桑瓜を出したのを見た瞬間、28年間、岩谷が全く真桑瓜のことを気に留めることなく生きていたことを悟り、思わず脇差で岩谷を斬りつけたことを聞き出します。この辺の山脇の内面描写は繊細で思わず惹き込まれてしまいます。

 最後はまた、内藤が片岡相手に居酒屋で燗徳利を傾ける場面に戻ります。山脇は理由を告白した翌日に亡くなったこと、また、内藤は麻疹の時に真桑瓜は食べて良いとする別の一覧図表を袂から取り出し、片岡に見せ物語を終えます。こうした展開と結末は上手すぎますね。

 なお、青山文平氏小説新潮に発表した6作の短編が新潮社から「約定」という単行本になっています。これらの感想文は書きませんでしたが、この中に収録されている作品もすべて秀逸で、毎回余韻を感じました。これからも心に残る作品を期待しています。