わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

小川糸「サーカスの夜に」(最終回)小説新潮2014年9月号

 この作品は2014年2月号から2014年9月号までの8回連載され、今月号で最終回を迎えました。

 物語は、主人公の「僕」が13歳を機に、育ててくれた「グランマ」の下を離れ、サーカス一座に入団し綱渡り師としてデビューするまでの日々を淡々と描いています。 

 「僕」は幼少期に両親の離婚で置き去りにされ、グランマに引き取られます。また、「僕」は薬の副作用で成長ホルモンの分泌が止まり、見た目は10歳位のままです。このような「僕」をグランマは、愛情をもって規律正しく育てます。グランマ自身は、年金生活者で粗末なアパートの屋根裏で「僕」を育てあげます。屋根裏での生活というとマッチ売りの少女を思い浮かべてしまいますね。設定だけをみると、かなり貧しく福祉ニーズ満載ですが、作者は現実をえぐるような作風とはしていません。13歳の「僕」の目をとおしてサーカス一座の日々の出来事を描いていきます。 

 場所の特定はありません。前半部分まではどこを舞台にしているのか疑問を持ちながら読んでいくことになろうかと思います。途中から、バザールに出かける場面やクリスマスに初雪が降る場面がありますので、北欧ということはなく、イタリアかスペインあたりだろうとわかる程度です。 

 時制については、高層ビル群やヘリコプターという単語が出てきますので現代であることは注意すればわかりますが、それほど重要ではないような気がします。むしろ少し前の時代の出来事のような雰囲気を醸し出しています。 

 「僕」の名前も出てきません。サーカス一座では「少年」と呼ばれています。「僕」は体が弱く、性格は控えめですが卑屈ではありません。サーカス一座の中では時には夫婦生活の営みや親子関係の軋轢、サーカス一座の運営の場面にも直面しますが、素直に感じたことを思い、行動していきます。トイレ掃除の見習い、ジャグリング(玉の曲芸)の練習を始めること、綱渡り師になる決意をすること、淡い初恋の描写など、力強くはありませんが13歳の等身大の「僕」を描いています。サーカス一座の子供たちの教育問題はどうなっているのかなど現実的な疑問はありますが、ここでは、サーカスに対して私たちが持つ非日常的なイメージを前面に出し、全編をとおしてファンタジーな作風に仕上げています。 

 最後に、このような作風の中で私が唯一、リアリティを感じたフレーズがありますのでご紹介します。 

 「仕事っていうのは、たいてい苦しくてつまらないものさ。その中から、小さな喜びややりがいを見つけ出すことに意味がある。」と、金持ちが豪華客船を貸し切って船上サーカスを行う話があり、「少年」がこんな仕事を請け負わなければならないのかと厨房でコックに話しているときに、コックが少年に言った言葉です。仕事のやりがいを定義すれば、概ねこのようなところではないでしょうか。 

 全体をとおして、「少年」が素直なのでこの作風は嫌いではありませんが、私の好みからして、小説雑誌でなければこの作品を読むことはなかったと思います。それでも、このように記憶に留めておきたい粋なセリフに出合えますので、小説雑誌はいいものです。