わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

乃南アサ「水曜日の凱歌」(最終回)小説新潮2014年8月号

 この作品は2013年3月号から2014年8月号までの18回連載され、今月号で最終回を迎えました。 

 主人公は二宮鈴子。昭和6年8月15日、東京市本所区生まれ。二宮家は父親が運送会社を経営しており、「お父さま、お母さま」と呼ぶような比較的裕福な家庭です。しかし、戦争で父親と5人兄弟のうち鈴子だけを残し全員が死亡または行方不明となり、鈴子と母親の2人だけとなってしまった設定です。主な時代設定は昭和20年~21年にかけて、鈴子が14歳から15歳くらいの間の出来事です。 

 物語は、東京大空襲の中を逃げ惑う場面から始まります。その後、終戦終戦直後の混乱の中を母親が「宮下のおじさま」の斡旋でRAAという進駐軍のための慰安所のマネジメントの仕事をするようになります。昨今、従軍慰安婦問題が何かとマスコミを賑わす中で、微妙な設定ですが、あえてこのテーマを避けない作者に敬意を表します。慰安所は「大和撫子の純血を守る」ための社会政策として執られますが、鈴子は、多感な少女期を慰安所の宿舎で過ごしますので、性を売りものにせざるを得ない女性の存在を目の当たりにすることになります。鈴子は何一つ不自由なく育ち、他者に優しい思いやりのある幼少期を過ごしていた描写はありますが、敗戦と慰安所の環境は、鈴子の成育歴に影響が出ないわけがありません。次第に鈴子は卑屈になっていきます。 

 一方、鈴子の母親・つたゑは、実業家の奥さまでしたが、敗戦ですべてを失い、母子で生計を立てるために、宮下のおじさまを頼りに英語力を活かしてRAAの仕事に就きます。また、宮下のおじさまの後は、進駐軍のデイヴィット・グレイ中佐と親しくなります。たばこを吸うようになり、さっそうと出かける母親。敵であったはずの軍人をも利用し強(したた)かに生きる母親に鈴子は冷めた感情を抱きます。しかし、母親の生活力のおかげで、終戦直後の貧困とは無縁の豊かな生活がありますので、鈴子は自身の矛盾に抗うすべもありません。 

 最終回の今月号では、幼馴染の「勝子ちゃん」とその母親が鈴子母子が住んでいる熱海の宿を訪ねてきます。熱海はRAAの関係で用意された賄付の宿です。勝子ちゃんは空襲で右腕が吹き飛んでいます。その痛々しさに鈴子は涙します。また、鈴子は本所にいた時は二宮家のお嬢様でしたが、勝子ちゃんが芸者の子供であることなど関係なしに、無二の親友として勝子ちゃんを家に呼び、遊んでいた時のような屈託のない会話が戻ります。作中ではほとんど鈴子の歪んだ描写が続いていましたので、この部分だけは心が安らぎました。 

 それに比べ、鈴子の母親は勝子ちゃん母子に冷ややかです。口では勝子ちゃん母子を大歓迎しながらも、なぜ、水商売の女が自分を訪ねてくるのかと疎ましく思っていることが、鈴子の口から勝子ちゃんとの会話の中で明らかになります。また、勝子ちゃんは右腕を失ってから、周囲から嫌がらせを受けていることを鈴子に話します。人間の醜い本性を作者は見逃しません。あまり良い気分ではありませんが、これも現実であることを直視しないといけません。そのうえで、私はどうあるべきかを考え、実践することが大切なのだと思います。 

 最後は、昭和21年3月27日水曜日にRAAの慰安所が閉鎖になります。また、同年4月10日水曜日に第22回衆議院議員総選挙があり、39人の女性議員が誕生したことが記(しる)されます。標題の「水曜日の凱歌」は、女性の解放を期待する意味が込められていたのだと読者は気づきかされ物語を終えます。 

 エピローグで鈴子は、箱根の女学校の寄宿舎で生活するようになります。作中の人物とは言え、鈴子が卑屈から解放されて新しい時代を生きる心豊かな女性に成長することを願わずにはいられません。