わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

熊谷達也「ラッツォクの灯」小説新潮2014年7月号

 今月号でいちばん印象に残った作品です。 

 翔平(しょうへい)は両親を東日本大震災津波で亡くし、妹の瑞希(みずき)と仮設住宅で暮らしています。翔平は高校生で瑞希は小6で色白の美少女です。 

 物語は、翔平が夕飯のお弁当を買って家に帰ってきたところから始まります。瑞希には物騒なのでいつも施錠するように言っています。瑞希は電気代を節約するためか、いつも明かりをつけずにテレビを見ています。瑞希とはほぼ毎晩同じような会話が交わされます。また、瑞希はお弁当を決まって半分残してごちそうさまをしてしまいます。これらのことになぜだろうと一瞬思いますが、ともかくそのまま読みすすめます。 

 さらに物語は展開します。会話の中で、瑞希は流失した我が家の跡地で「ラッツォク」を焚くことを提案します。しかし、翔平は今一つ決心がつきません。たぶん、ほとんどの読者がまだこの時点では、決心がつかないことの意味をつかみきれないと思います。因みに、ラッツォクとは、お盆の迎え火と送り火に焚くオガラ(皮をはぎ取った麻の茎)のことで、ろうそくが転訛した方言です。 

 この後は、翔平が生計を立てるための生活場面が描かれていきます。翔平には父親がラーメン屋を開業したときの開業資金がほぼそのまま借金として残っていて、翔平がその借金を継承しています。翔平は、瓦礫処理するダンプカーの交通整理のアルバイトを頼み込んで始めます。生活費を稼ぐためには高校生には禁止されているアルバイトでもしなければならないと考えています。 

 一方で、翔平の彼女である幸子との様子が描かれます。幸子はNPOが支援して立ち上げた高校生のボランティアグループの活動に嵌(はま)っていて、そこに翔平を誘いますが、翔平は鬱陶(うっとう)しくなり断ってしまいます。そのことが原因で関係が悪くなります。被災者となった高校生と被災を免れた高校生の価値観の分断が描かれます。このような場面は被災地の実生活でいくつもあったと思います。 

 翔平と幸子はしばらく会話が途絶えますが、ある時、コンビニの前で鉢合わせになります。ぎくしゃくしながらも、お互いが言い過ぎたことを詫びます。その場面で、翔平は瑞希と一緒にラッツォクを焚こうとしていることを幸子に話します。ラッツォクを焚くことを幸子に話せたことで、借金のことや自分の境遇を嘆いたりすることは金輪際やめようと吹っ切れます。なぜラッツォクを焚くことを幸子に話せたことで気持ちが吹っ切れたのかまだ今一つ輪郭は見えてきません。 

 いよいよ、終盤です。今日もコンビニで2つお弁当を買って家に帰ります。施錠をはずし、テレビがついているのもいつものとおりです。そこで、翔平は瑞希にラッツォクを焚くことを話します。 

 お盆が来て翔平と瑞希は自宅の跡地でラッツォクを焚きます。瑞希は迎え火の時も送り火の時も「お父さん、お母さんだ」といって嬉しそうな声を上げます。ここから、一気にクライマックスが訪れます。ラッツォクの灯が少しずつ暗くなり、送り火が終わりかけると、瑞希は「お兄ちゃんさ。わたしが死んでいるの、知っているんでしょう?」と尋ねます。 

 “えっ、瑞希は死んでいたの?!”私は大急ぎでストーリーの記憶を逆回転させます。そこで、やっと、いつも施錠されていたこと、瑞希は暗くなっても明かりをつけずにテレビを見ていたこと、いつも同じ会話が繰り返されていたこと、いつも半分お弁当が残ることの意味がつかめます。 

 クライマックスの場面は続きます。しばらく無言の時間が経過しますが、翔平は「うん、知ってた」とうなずきます。「ラッツォクを焚いたら、わたしが向こうに行っちゃうことも?」「うん」。一つ一つの会話に緊迫感があります。しかも同情を禁じ得ない哀しい会話です。その後、灯が消えかける時に、翔平は両親と瑞希の冥福を祈ります。 

 「向こうの世界に祈りが届いたと、初めて思えた。同時に、翔平の中で止まっていた時計の針が、微かな音を立てて再び時を刻み始めた。」と結び、物語を終えます。 

 瑞希がすでに亡くなっていた結末は驚くとともに、翔平がどんな思いで瑞希と“一緒に”仮設住宅に住んでいたかと思うと、涙を禁じえません。私はこの短編を2回読みましたが、2回とも涙が止まりませんでした。翔平にとって、瑞希は実在する魂魄(こんぱく)なのか、翔平の想念なのかは読者はどちらに解釈してもいいと思います。私は実在する魂魄として作品を愛おしく思いました。 

 熊谷氏の作品は、「烈風のレクイエム」(本誌に連載していた時の題名は「海峡の絆」)の時もそうでしたが、この作品ともども深い悲しみの中から生きる光明を見つけるストーリーのうまさに感服してしまいます。 

 この小文を読んでくださった方で、本作品をまだ読んでいない方は、ぜひ、図書館などで読んでみてください。愛すべき短編です。