わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

久坂部羊「地下室のカルテ」小説新潮2014年6月号

 久坂部氏の医療小説は、昨年(2013年)6月号の医療小説特集で掲載された「他生門」に続き、2年連続での登場となりました。因みに、今年(2014年)の第3回日本医療小説大賞は、久坂部氏の「悪医」(朝日新聞出版)です。 

 さて、昨年の「他生門」は、うだつの上がらない独身38歳の主人公が特発性拡張型心筋症になり、救う会の面々からの多額の寄付でアメリカで心臓移植をして帰国し、救う会や関係者の思惑に振り回されるドタバタを描いた作品でした。特発性拡張型心筋症であれ何であれ希少なものには価値が生まれ、利権や名誉欲が渦巻くものだということをアイロニカルに描いていました。 

 今年の作品はうつ病の医師が主人公です。主人公の割崎英雄は40歳の消化器外科のヒラの医員です。うつ病になったきっかけは、72歳の大腸がんの患者を抗がん剤治療か、手術かの判断で手術に懸けた結果死なせてしまったことです。今、割崎は病院の地下室に引きこもり自らを「治療」しています。 

 割崎は地下室で誠実な医療とは何かを模索します。そして誠実な医療を拒んでいる原因の1つは、医療ドラマや小説、マスコミ報道であると憤慨しています。2つは医療界そのものだと憤慨しています。自分の勤務する病院にいるひどい医者の実態や医療界の大御所の悪辣さを挙げています。この辺の描写は現役医師作家ならではのものです。ここまでの書きぶりにはかなりアイロニカルな空気が漂っています。 

 しかし、ここからの作風はかなりシリアスに変貌します。ついに、割崎は自分が納得できる医療をしようと地下室を出ます。割崎は医局会に出席し、ここで胃原発性の悪性リンパ腫の28歳・平川理沙の症例が紹介されます。理沙の症例はかなり重篤です。割崎は自ら理沙の担当を申し出ます。自分が憎んでいるのは自己欺瞞や不誠実な医療をする医師で、そんな医療だけはすまいと理沙に対応します。理沙は「先生に懸けます」とすべてを割崎に委ねます。手術は助手についた外科部長も驚くほどの完璧なものでした。理沙は順調に回復しますが、退院間際に容態が急変し再発します。割崎は今度も苦悩しますが、理沙は割崎に感謝の意すら伝えます。理沙は「きれいな、まま、死なせて」と言い2日後に息を引き取ります。ここまでの緊張感には胸を締め付けられます。 

 最後に理沙の兄・修一から理沙がなぜ割崎を責めなかったのか理由を聴きます。理沙は自分が善意で対向の右折車に道を譲ったことで後続を直進してきたバイクがその車と衝突し運転していた大学生が死に、それを悲観した母親が自殺したことがあったことを聴き出します。このことに理沙が8年間思い悩んでいたところ悪性リンパ腫が見つかり、理沙自身が自らの運命を受け止めていたことを聴き割崎は戦慄します。自分の善意の判断ミスで何人もの患者を死なせたことが次々と思い浮かんできます。割崎はついに耐えられなくなり、また地下室に逃避したところで物語を終えます。 

 人の死に向き合う仕事に携わる人の心のケアについては、公的な支え合いの仕組みがあることと、私的に支え合える人間がいることの大切さを考えさせられた作品です。少なくても割崎にはそのどちらもありませんでした。組織であれ個人であれ、そこに求められるものは「愛」なのではないでしょうか。