わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

早見和真「イノセント・デイズ」(第7回)小説新潮2013年10月号

 この作品は初回(4月号)で田中幸乃の死刑執行日の朝の場面からはじまり、プロローグ「主文、被告人を―」で死刑判決の場面へ展開していきました。その後、物語は幸乃の出生から小学時代、中学時代を描き、ストーカー放火殺人を犯す場面へと続き、死刑判決に至るまでの幸乃の半生を遡ります。そして、今月号(10月号)で死刑判決の場面に戻ってきました。 

 死刑判決場面に戻ってきたことから、改めて、初回を読み返してみました。すると、今月号で傍聴席にいた「青いキャップの若い男」が初回にも登場していました。幸乃はこの男をみて微笑んでいます。初回にも「幸乃が誰を見たのかわからない。ただ、すべての事象を疑うような瞳の奥に、ふっと人間味が宿ったのは間違いない」と同様の描写があります。青いキャップの男は誰なのか、また、幸乃の人間性とは何か、意味深な展開となっています。 

 このほかにも、これまでの7回の連載で事実関係が見えていない点がいくつかあります。 

 1つは、初回で、当時女子大生でその後、幸乃を担当する刑務官となる「私」が幸乃の死刑判決の傍聴場面で感じた違和感です。「私」は「幸乃は自分の人生をいっさい弁解していないのだ。そこだけがいつもの裁判と違っていた。」と感じています。死刑判決が出た今も、弁解しない理由がまだ明らかになっていません。 

 2つは、第3章「中学時代には強盗致傷事件を―」での出来事です。横浜市立扇原中の同級生・小曾根理子は古本屋で万引きし、その場面を見つかり老女店員を転倒させ怪我を負わせてしまうのですが、一緒にいた幸乃が身代わりとなり「強盗致傷事件」となります。ここで、幸乃は児童自立支援施設(旧・教護院)に入所措置されます。審理の過程で幸乃の身代わりがなぜ明らかにならなかったのか、ずさんな審理にも憤りますが、理子が万引きをした場面は、幸乃の「知り合い」の中学生の「シンちゃん」が目撃しています。その後、「シンちゃん」はどこにも登場していませんが、「シンちゃん」と幸乃の関係は何なのか、「青いキャップの若い男」とは関係があるのか、この辺も未解明の部分です。 

 3つは、強盗致傷事件で女子刑務所にも入所していたことになっていますが、この経緯もまだ、何も触れられていません。

 これまでのストーリーからは幸乃はなぜ、ストーカー放火殺人にまで発展してしまったのか、理解できない部分が多々あります。母親が17歳で1児の野田と結婚し、幸乃を産んだこと、小学生時代に母親・ヒカルが病名は触れられていませんが、車を運転中に発作を起こし交通事故で死亡したこと、ヒカルの死去で茫然となった養父から1回だけ手を上げられたこと、祖母に引き取られたことなどがありますが、とりたてて薄幸な少女時代を過ごしたという描写はありません。中学時代も読書好きで友達思いです。ただ、祖母に引き取られてからの家庭環境に関する描写がありませんので、この辺にキ―があるのかも知れません。 

 幸乃の異常性は、児童自立支援施設入所を境に醸成されてしまったのでしょうか。今回の“被害者”井上敬介は牧中学時代に“不良少女”金城優子と付き合っていて、その妹・好美が児童自立支援施設で幸乃を「かわいがっていた」としています。この部分はどのように展開するのでしょうか。 

 この作品は、幸乃の死刑判決を題材に、“被害者”井上敬介の凄まじいDV(ドメスティック・バイオレンス、親密者からの暴力)の実態にも関わらず、その他、諸々なステレオタイプな構図を作りあげ報道するマスコミのあり方、そのマスコミ報道を元に形成される市民の判断、家庭裁判所のずさんな審理、もしかしたら、児童自立支援施設の処遇のあり方にも触れる予定なのでしょうか。敬介の極悪非道な暴力に対して何も力になれなかった友人・八田聡の苦悩、中学時代に身代わり犯を教唆してしまった小曾根理子の苦悩、これから登場するであろう人物を織り交ぜて、犯罪者をとりまく機関・施設の問題提起やあり方にも言及しようとしているのでしょうか。作品は佳境に入ってきました。今後の展開に緊張感が走ります。