わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

石井光太「蛍の森」(最終回)小説新潮2013年9月号

 この作品は、2013年4月号から6か月間連載され、今月号で最終回となりました。おおよそのあらすじは4月号の感想を当ブログに載せています。第1話がその後の作品の起点となっていますので、全体像を俯瞰したい方は4月号の当ブログをご覧いただければ幸いです。最終話から読み返してみても、それほど的外れなことは書いていませんので、少し安心しました。 

 最終話ではこれまでの事件の真相とその背景が、小春の娘「あかり」の語りをとおして次々と明らかにされます。あかりは深川育造たち殺害の犯人です。投身自殺しようとして一命を取りとめ、主人公・耕作の応急処置の途中での回想となっています。 

 小春はカッタイ寺が破却され、その後入所した療養所で受けた数々の性暴力とその後のホームレス時代の生き様、また、乙彦の半生のこと、乙彦が小春の弟であったこと、謎のままになっていた乳児誘拐事件など第1話で描かれていた謎が最終話ですべて線で結ばれます。 

 たぶん作者はストーリーを組み立てるときに予め緻密につくりあげ、設計図どおりに作品をつくったのではないかと思います。展開に揺れがありません。作品に構造美が感じられました。 

 あえて、作品に注文をつけるとしたら、あかりが応急処置の途中でこれらの真相や過去のことを、途中に休憩があったにしても整然とかつ長々と語られることが出来過ぎのように思いました。 

 また、川渕警部補と組んでいる24歳の美波みどり女性警察官のキャラクターがやや中途半端だったように思います。川渕警部補が冷静沈着で気配りができることと比べ、おしゃれに関心がある若い女性警察官がたまたま事件を担当したという描き方でキャラクターに必然性が見い出せませんでした。チャラチャラしていてもいいのですが、若い警察官ならではの正義感や女性らしい細やかさをもっと前面に出してもいいと思いました。 

 作者は、この作品で1950~60年代当時のハンセン病(らい病)に苦しむ人たちへの理不尽な差別を徹底的に書き上げています。「村を守るためにらい病者を探し出して追い払わなければならなかったんだ」と村人の言い分にも触れていますが、あかりの弁をとおして赦していません。もしかしたら、理不尽さへの作者の怒りが作品の底流にあるのかもしれません。 

 機会がありましたら、人への慈しみを素直に表現し、慈しみを底流に社会の理不尽さを明らかにしていくような作者による作品を読んでみたいと思いました。 

  大いに夢中にさせていただきました。ありがとうございました。