わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

早見和真「イノセント・デイズ」(第2回)小説新潮2013年5月号

 先月に続き今月もこの作品の感想を書きます。前回、私は、「主人公は田中幸乃なのか、田中の顔見知りの女性刑務官なのか、プロローグからはまだ判然としません。」として、最後に「作品はこの女性刑務官をとおして田中の生き方や死刑に関することを題材にして展開されるものであることを予感させて第1話が終わります。」と結びました。 

 しかし、私の予想は全く外れていました。読者の期待や予想を覆す展開は連載小説を読む楽しみでもあります。改めて先月号の第1話をみると、「プロローグ『主文、被告人を―』」となっていましたので、第1話が刑務官中心になっていたことに合点がいきました。 

 第2話は、「第1部事件前後 第1章『覚悟のない17歳の母のもと―』」となっています。第2話の主人公は丹下健夫(たんげたけお)で、丹下は幸乃を取り上げた産婦人科医です。場面は丹下が新聞報道で幸乃の死刑判決を知ったところから始まります。そのあと、場面は事件前後の過去に遡ります。 

 ここで、第2話で取り上げられている年代を整理してみます。 

昭和34年  丹下は24歳で父親経営の産婦人科医院に戻り、親子で産院経営。 

昭和36年  少女が中絶に来院。しかし父は拒否。 

昭和38年秋 28歳の時に父が死去。病院を引き継ぐも経営を一新し中絶に寛容になる。以来、病院は繁盛する。このことで1人息子・広志は父親と距離を置くことになる。 

昭和59年08月 妻・小百合が病死。 

昭和59年09月 孫・翔が誕生。翔は自分の手で取り上げる。以来、中絶手術ができなくなる。 

昭和60年09月 幸乃の母・田中ヒカルが中絶しに来院。ヒカル17歳。 

昭和60年12月 ヒカルが産院に再来。結婚し野田ヒカルとなっていた。 

昭和61年03月 丹下の産院で幸乃を出産。 

 以上のようになります。第1話では年代の記載がありませんでしたので、第2話から逆算すると24歳の幸乃が放火殺人事件を起こすのは平成22(2010)年3月。同年11月に死刑判決となります。8年後の32歳で死刑執行の朝を迎えていますので、その日の朝は平成30(2018)年の設定です。 

 第2話のクライマックスは、昭和60年9月にヒカルが中絶のために来院した場面です。養父からの性的虐待などの身の上話を聞きながら「よくある話」と距離を置く一方で、「・・・子どもが母親から受ける愛は常に等しいということだ。母親の生い立ちなんか関係ない。そしてたった1人からでも大きな愛を受けていれば、子どもは絶対に道を踏み外さない。本当に愛し続けることができるのか。その覚悟が君にあるのか。・・・」と丹下は自分でも全く予想外の言葉でヒカルを諭します。孫の誕生が丹下を変えていたのです。この言葉がヒカルに産む決心となります。私は、丹下のこの言葉は真理であると共感します。同年12月に再来してから翌年3月に幸乃を産むまでのヒカルの幸せそうな描写には切ないまでも一時の安らぎを覚えました。どの子どもにも幸せになってほしいと切に思います。 

 幸乃の誕生に際し、丹下は姓名判断の趣味から「野田幸乃」の画数に満足します。しかし無意識に「田中幸乃」とメモし、真逆の画数になることを感じ慌ててメモをゴミ箱に捨てるところで第2話が終わります。 

 ヒカルが養父から受けた虐待が幸乃への虐待の世代間連鎖と発展しそうなこと、野田を丹下に紹介する場面で「お酒を飲み過ぎるところがありますが」と紹介していることから酒乱でヒカルや幸乃を虐待するようになるのか、そのあとは決して幸乃が幸せな成長を辿らなかったことを暗示しています。わずか10ページの作品で全体からすれば一部分ですが、取り上げた素材、構成、展開とも密度が濃く惹きこまれてしまいます。