わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

石井光太「蛍の森」(新連載)小説新潮2013年4月号

 プロローグは、数人の村の男たちが乳児(原文は「幼児」ですが1歳児なので乳児としました)を背負って山を下っているところから始まります。なぜ乳児を背負っているのかの記述はありません。やや不思議な組み合わせです。 

 一行は沢近くで乳児を降ろし小休止を取りますが、そこには頭巾をかぶった2人連れが木陰に隠れています。乳児は無邪気に2人のほうに歩み寄ります。この時、2人は村人に気づかれ、近寄ってくる乳児を抱きかかえ逃げ出します。村人は「赤子泥棒を捕まえろ」と必死に追ってきます。1人が観念し、別の1人に乳児を託し捕まってしまいます。頭巾の2人には何か事情があったようですが、捕まった1人は「カッタイ野郎め」と、有無を言わさず撲殺されてしまいます。「カッタイ」とはハンセン病(らい病)患者の蔑称です。これがいつの時代のことなのか、場所はどこなのか、乳児はその後どうなったのかは明らかにはされません。 

 物語は2012年に移ります。場所は香川県徳島県の県境の山中です。四国遍路地が舞台です。その山村で深川育造(91歳)と上岡仁(93歳)という一人暮らしの老人が忽然と消えてしまう事件が発生しました。事件の重要参考人として父・乙彦(73歳)が事情聴取を受けているとして「私」はパトカーに同乗し現地の警察署に向かいます。 

 この間に乙彦がなぜ重要参考人になったのか、「私」の職業や家庭環境、家族構成、どのように乙彦に育てられたのか、かつて乙彦が実刑となったことで家庭生活がどのように崩壊していったかなどが克明に描かれていきます。 

 作者は「私」を医師に、乙彦を極貧と差別の中で育ちながらも実業家として成功し都議会議員と設定しながら、犯罪者に転落させ状況の変化を際立させています。特に「私」の成育歴については、厳格な父(乙彦)の命令のままに育ち、家で楽しく話をする習慣がなく育ったとしています。そのため、家庭内で夫として、休日に妻とはどう過ごせばいいのか見当もつかなかったとしています。愛情に薄い成育歴の挿話を入れる作者の視線に只ならぬものを感じます。それぞれの記述がともかく鋭敏です。 

 その後、物語は1952年に遡ります。この章は乙彦とその母親がなぜ極貧と差別の境遇にあったのかが描かれています。戦後間もない四国の山村での理不尽な差別には心が痛みます。 

 作品によると、お遍路には時には犯罪者が紛れ込むこともあったようです。そのため、お遍路のコースには「遍路宿」が設けられ村と隔離し万一に備え自衛していた村もあったとのことです。乙彦の母親はこの遍路宿に密造酒を売りに行って生業を立てている設定です。 

 母親は17歳の時にお遍路さんに強姦され最初の子どもを産みました。その時は村人の総意で第1子は養子に出されましたが、1年半後に乙彦を産んだ時は「売女(ばいた)」と蔑まれてしまいます。その後、母親は村の有力者である育造の妾になります。妾への虐待の記述も克明です。母親は自死してしまいます。自死の記述も悲惨です。 

 村の子どもたちに売女の子どもと蔑まれる乙彦。村の子どもたちの遊びの残酷さも目に余ります。障害者への差別の記述もあります。村の入り口にある無縁墓地の管理は歴代、知的障害の女性が担うしきたりとなっています。この女性に子どもたちは性的いたずらをします。また、両足の自由を失い拷問で精神障害となった傷痍軍人に対して子どもたちはこの知的障害の女性をそそのかし性行為を強要し、子どもが産まれる記述もあります。記述に容赦はありません。しかし、作者は酷いいたずらをする子どももまた赤貧の中で寂しさを抱えていることを描き忘れていません。ここに作者の子どもに対する人間愛を感じます。 

 終盤で、乙彦は育造の家から逃走し、山中を彷徨いますが、小春という少女に出会います。これまでの記述が凄惨だった分、この少女が妖精のような安堵感を抱かせます。小春は空腹の乙彦にご飯を食べさせてあげると山奥深く連れて行きます。不安になる乙彦でしたが、2人が着いたところは、ハンセン病者が集まる寺でした。住職も小春もハンセン病に罹患しているようです。とりあえずご飯にありつけるところで第1話は終わります。 

 ハンセン病を核に貧困と差別の問題を鋭敏に描いています。これだけの渾身の文章に接した以上、読者として目を逸らすわけにはいきません。今後の展開に期待しています。