わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

熊谷達也「海峡の絆」(最終回)小説新潮2012年12月号

 この作品は2011年9月号から2012年12月号までの16か月間にわたり連載されていました。月刊誌での連載ですので、次話を読むのに1か月のブランクがありますが、この作品はストーリーを見失うことがありませんでした。それは、月間に分割されたストーリーでも毎回ごとに山場となる主題がはっきりした構成になっていることが記憶を持続させたのだと思います。このような読者サービスを意識した構成は好感が持てます。 

 時代設定は昭和9年から29年までで、主人公の泊敬介が31歳から51歳までの物語となります。職業は父親の家業を継ぎ函館で潜水作業を行う経営者で潜水夫です。 

 物語は、函館地方を襲った暴風雨の描写から始まりました。圧倒的な描写力でまるで読者自身が嵐に遭遇しているかのような緊迫感にグイグイと引き込まれてしまいました。続いて、函館全土を焼き尽くした大火事です。強風で炎が刻一刻と迫ってくる描写や死傷者の数々、九死に一生を得た敬介が悲しみの中で潜水夫として海底捜索をして肉親を捜す場面など、ずっと緊張状態で物語は推移します。敬介は嵐と大火事で妻や長女、母を失いますが、助けた静江と再婚します。一緒に助けた伸一郎は静江の実子ではなく、静江が助けた子供でした。伸一郎は声と記憶を失っていますが、健やかに成長します。 

 時代は太平洋戦争に突入します。この場面では敬介はグラマンの機銃掃射で瀕死の重傷を負います。人格者である敬介でさえも献身的に看病する妻静江に辛く当たる心情には心が重くなりました。 

 物語の終盤で太平洋戦争が終結します。復員してきた伸一郎は人が変わってしまいました。戦時中、伸一郎は潜水艇の特攻隊に配属となり、その戦争体験から潜水ができなくなっていました。伸一郎は敬介のもとを離れます。その後、伸一郎と敬介夫婦の信頼が回復します。伸一郎は、声と記憶を失っていることを装っていたと告白します。身寄りのない子供が生きるためにはこの方法しかなかったのだと思いを巡らし、敬介夫婦は伸一郎が愛おしくなります。 

 その後、伸一郎は婚約者を連れてきます。婚約者は死亡したはずの敬介の長女鈴代でした。その奇遇に驚きながらも、鈴代の育ての親がいる秋田に敬介夫婦は伸一郎たちと青函連絡船に乗って挨拶に行く場面となります。敬介は折からの天候に不吉な予感がして、伸一郎たちを無理やり青函連絡船から降ろしますが、足の悪い敬介は一瞬の時間差で船から降りることができませんでした。案の定、船は嵐で転覆してしまいます。遭難場面で刻一刻と死に至る描写はリアル過ぎるほどでした。幸い敬介は助かります。 

 最終回では中断していた秋田訪問を終え、夫婦で汽車に乗り敬介の父親の故郷である岩手を訪れるところで物語を終えます。 

 1年4か月の連載は敬介の半生そのものを見るようで、とても長い時間を共有した気持ちになりました。この連載を読み終えて、温かいぬくもりが余韻となってしばらくの間ほのかに残りました。このような読後感は良い作品に巡り合えた時にしか体験できないものです。至福のひと時でした。 

 印象に残る素晴らしい作品をご提供いただきありがとうございました。6か月後か1年後に単行本として刊行される日を楽しみにしています。

 

*この小説は「烈風のレクイエム」と改題され単行本化されています。(2014.01.01追記)