わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

近藤史恵「キアズマ」(最終回)小説新潮2012年10月号

 2012年10月号は最終回の作品が3つありました。このところ最終話で腰砕け感のある作品が多く、期待を裏切られ続けていましたが、今回の3作は最後まで充実していて、満足させていただきました。 

 お礼を込めて3回に分けてそれぞれの感想を書きます。

 

「キアズマ」 近藤史恵

 この作品は2011年12月号から連載されていた作品です。物語は、「俺」(岸田正樹)の不注意で自転車部部長の村上に怪我をさせてしまい、村上との約束で1年間だけ村上の代役として自転車部に入部したところからはじまりました。その約束の期限が近付いてきています。この間、目覚めた適性が開花し、瞬く間に力をつけてきて優勝しています。しかし、練習中に転倒し危うく車に轢かれそうになり、自転車が怖くなっていたことも手伝って、退部の思いは日一日と強くなっていきます。 

 そんな時、自転車部のエースで1年先輩の櫻井もレース中に事故に巻き込まれ怪我をしてしまいます。しかし、櫻井は怪我を押しても次のレースに出る信念は揺らぎません。櫻井は将来を嘱望されながらも練習中に事故死した兄の分も含めて自分が自転車で結果を出すという自分への誓いがあり、才能がありながらも自転車を辞めようと悩んでいる軟弱な正樹に淡々とそのことを話します。この描写は涙腺が緩みました。 

 正樹は、揺れる心を抱えながらレースに臨むことになります。しかし、レース中には勝つことだけに集中できるようになり、悩みが吹っ切れます。レース途中に前輪がパンクしてしまいます。そのとき、とっさに、負けず嫌いで荒っぽい性格で普段から苦手にしている櫻井に対して、自分のホイールと交換するように要求します。この方がサポートカーを待つより早いからです。桜井は承諾します。櫻井は前日に喧嘩をして怪我を悪化させていましたので、このレースの勝負は無理だと判断したのです。このくだりも涙腺が緩みました。正樹は猛然と先頭集団を追いかけます。結果3位入賞までこぎつけレースは終わりました。 

 レース前には豊からメールが入っていました。豊の身勝手な恨みなのですが、このことでも正樹は悩んでいましたので、メールの中身も気になるところです。しかし、レースに集中するためにメールを見ることはしませんでした。レース後にはメールは良い知らせであろうとポジティブにとらえ、作者はメールの内容には触れていません。正樹が積極的に変貌したことを際立たせる処理です。 

 物語は、もの静かで控えめな正樹に積極性が出てきて、来年度も自転車部を続ける決心が固まったところで終えています。 

 この作品は読後感の良い正統派の学園小説でした。今後、単行本になって多くの読者の共感を得られる作品だと思います。良い作品をありがとうございました。

 

 次回は、「青空に広がる ふたつめの庭」(大崎梢)の感想です。