わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

篠田節子「ファーストレディ」小説新潮2012年10月号

 この作品の問題人物は、開業医の妻です。年齢は60歳前。重篤な糖尿病患者です。しかし、食事制限は拒否しています。甘いものを次から次へと食べます。むしろ過食症とでもいえそうな描写です。娘・松浦慧子は独身で36、7歳の設定です。「父」は地元の名士で、足裏先生と慕われています。妻は夫の地元のロータリークラブなどの対外的な妻としての役割も一切、拒否しています。そのため、慧子が「松浦家のファーストレディ」として父親を支えています。主人公は慧子です。 

 母は地方から東京の開業医に嫁いできて、祖父母や医院スタッフから見下されながら必死に、医療事務で夫を支えてきたとしています。慧子は幼いころから母親から何度も「みんなが揃っていじめた」と聞かされて育ちました。慧子にとって母はいい母親ではありません。このような環境で育てられた子どもは人を愛することが苦手になるものです。 

 慧子は、母が一切の開業医としての夫との関わりを拒否した背景は、診療報酬の請求事務をコンピューターの専用端末から汎用性の高いPCに換え、カルテもすべて電子化した時からだと思い至りました。母親は新しいPCでの医療事務処理に付いていけなくなったのです。こうした役割喪失が母親の問題行動の要因なのですが、そのことには言及していません。 

 また、母親が糖尿病にも関わらす暴飲暴食を重ね、周囲を困らせるのは、自分の存在をアッピールするための行動なのですが、このことも作品では全く問題にしていません。 

 むしろ、ストーリーは暴飲暴食を重ね、それで死に至るならそれも母親の自己責任の結果であると突き放してします。母親は娘が一つ腎臓を提供してくれることを期待しています。なぜなら、娘は自分で産んで育てたのだから、自分の体の一部のようなものだとあっさりと言います。あくまで自己中心的です。慧子は入院中に母親の車いすを押しながら一瞬、車いすから手を離し、崖に車いすごと落としそうになります。慧子は母親を殺してしまわないためにも、母親と一体でないことを証明するためにも一刻も早くあの家から逃げ出さなくてはならないと決心し物語は終えます。 

 負の世代間連鎖はどこかで誰かが強い意志で断ち切らないといけないのです。逃げ出そうと決心した慧子には残念ながらそれは期待できません。母親を赦せるようになれば呪縛から解放されるのだと思いますが、このままでは、いずれ慧子もその連鎖の呪縛に苛まれることになると思います。 

 また、この作品に登場する母親はかなり悪い母親のままです。篠田女史が突き放すストーリーに仕上げたのも一つの方向だと思います。しかし、本来ならば、この母親は開業医の家制度の中での犠牲者のように思います。もしこの母親の存在を尊重できる人物がこの家にいれば、良い母親で良い妻になっていたと想像できます。私としては、余命幾ばくもないにしても、母親に耳を傾け、母親に役割を与え、あるいはその気遣いに母親が気づき、余生を心穏やかに過ごそうと改心するストーリーの方が読後感はいいので、この結末は少し残念です。