わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

岩下悠子「熄えた祭り」小説新潮2012年9月号

 主人公は女性監督の美山です。美山はミステリードラマに監督として参加することになります。このドラマには脚本家が二人いて一人が同じ年の鷺森です。 

 物語は、鷺森の鋭敏な指摘に一定の敬意を払いながらも鷺宮から心の平静を乱されることに対する防衛本能と依存感情を微妙に織り交ぜて、過去の恐怖体験をモチーフに展開していきます。作品はかなり丁寧に作られていて、一文一文に無駄がありません。作品の緻密さが印象に残りました。 

 印象に残った個所をあらすじに沿っていくつか触れたいと思います。 

 美山は軽度の先天性夜盲症があり、夜目が利きません。そのことを秘密にしていたのですが、鷺森の巧みなリードで暗闇に連れ出され感づかれてしまいます。今、この暗所から脱出するには鷺森に先導してもらうしかないのですが、鷺森に一時でも依存することに対する微妙な心の揺れの描写は繊細です。 

 美山は子どもの頃の夜盲症に関する恐怖体験を告白します。神社の夜祭で幻灯機の蝋燭をいたずら心で消した瞬間、何も見えなくなってしまいました。恐怖から浴衣の帯を鬼が掴んでいるのだと思ったほどです。泣きながら帯を解いて家まで帰ったと語りました。 

 この後、鷺森と京都のロケ予定地を視察に行きます。竹林の風情の描写はドラマの映像が見えるようです。ここで鷺森は美山に25年前の撮影予定表を見せます。この予定表は80年代に封切られた映画のロケ先の撮影予定表でした。撮影場所は神社で幻灯機を作る職人の話でした。 

 美山は記憶の断片がつながっていきます。鷺森はたまたま子どもの時にこの映画にエキストラで出ていたのです。撮影が終わった時に突然浴衣の女の子が駆け込んできて、慌てて抱き止めて、女の子の帯をつかんだ話をしました。「羽衣みたいなメリヤスの帯が、僕の手の中に残された。・・・花の匂いがした」。「・・・花の匂いがした」を付け加えることで少年の淡い異性への自覚を短文の中に凝縮しています。あるいは、現在の鷺森が美山に好ましい感情を抱いており、そのことが「過誤記憶」となったと読むこともできます。この辺の扱いがすごいです。 

 印象に残った個所にもう一つ触れます。「・・・鷺森さんは大きな掌でわたしの頭を撫でた。困惑のあまり肩が疼いたけれど、竹の葉が一枚、はらりと風に流れたので、髪についた葉を払ってくれただけだと分かった。」前後を省略しましたので、わかりにくいと思いますが、男女の微妙な近さと一方の期待感とすれ違いの場面が凝縮されています。 

 岩下さんはご存知の方も多いと思いますが、刑事ドラマ「相棒」を手がけている脚本家のひとりです。この作品を読んで、作風は違いますが向田邦子の再来ではないかと、ふと感じてしまったほどです。岩下さんの次の作品をぜひ読んでみたいと思いました。