わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

高橋克彦「モノクローム」小説新潮2012年8月号

 主人公の「私」はモノクロ写真の魅力にとりつかれた小説家です。ある時、「私」が注目している版画家の竹宮康平がモノクロ写真の個展を開くことを知り個展に訪れます。あいにく竹宮は個展会場にはいませんでしたが、来訪を知った竹宮から会いたいと連絡があり、盛岡で会うことになります。

 モノクロ写真の魅力について嬉々として語り合いますが、後日、「私」が会ったのは竹宮ではなく、個展の受付にいた女性だったということがわかり、慄然(りつぜん)とします。すでに竹宮は何日か前に自殺していたのです。竹宮に会いたいという思いが高じて、竹宮が女性を介して「私」に会いに来たということになります。

 竹宮は三陸の被災地で何千もの魂と巡り合い、その魂をモノクロ写真に収めることができるようになりますが、逆に、被災者に対してそれしかできない自分に絶望したのではないかと考えるようになります。「私」が盛岡の店で撮ったモノクロ写真には女性と竹宮と何人もの魂が写っていました。明後日には三陸での仕事が入ります。竹宮を呪縛した「役割」がいよいよ自分に移ってくるのではないかと恐怖に「私の体は小さく震えはじめ」物語は終わります。

 あり得ない事柄でも想像をたくましくすればあり得るかも知れないと思える必然性が感じられると怪談にリアリティが生まれます。しかし、この作品はかなり具体的に盛岡で会うことの描写がありながら、後で会った人が男性の当人ではなく女性だったという設定は想像をたくましくしても無理があります。そのため、肝心の三陸の被災者の魂の鎮魂に向かうはずのストーリーがそこまで行かず、中途半端な怖さの提示で終わってしまった印象です。