わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

田口ランディ「サンカーラ―この世の断片をたぐり寄せて 死と詩」(最終回)小説新潮2012年7月号

 この作品は今回が最終回でした。このシリーズは2011年12月号から連載されていました。作品は祖母の死、ひきこもりの兄が真夏のアパートの部屋で腐乱死体で発見されたこと、アルコール依存症の父親、兄のひきこもりから神経症を患い人格破壊になってしまった母親のこと、東日本大震災チェルノブイリ原発での放射能汚染、水俣病カンボジア地雷原のこと、などなど毎回非常に重いテーマを扱っていました。 

 最終回は最初の引きこもりの兄の自死の話に戻って終わっています。兄の腐乱死体のすさまじい死臭とそこに広がる赤黒い体液とその中を泳ぐ蛆虫、この場面を見て田口は作家へと転身したとしています。もし、兄の腐乱死体を見ず、電話や手紙で兄の死を知っただけなら、「兄が死んでほっとした」としてそのまま作家になることはなかったのだと思います。兄の腐乱死体が田口を作家へと転身させたのです。田口は先の東日本大震災で亡くなり安置された傷ついた遺体、被災地を覆う死臭、蠅の一つひとつが兄の光景を想起させたとしています。 

 田口は懺悔しています。兄に助言していたことは兄のためではなく自分のプライドや世間体を維持するためであったことを。兄は死ぬに値するほどのことではなかったのではないのかと。音楽を聴いて心穏やかに生活することを望むならなぜそれを認められなかったのかと。兄を一人の存在として受け止められなかった自分を懺悔しています。 

 2009年度からひきこもりに特化した相談機関が都道府県に設置され、その全国的な連絡組織として「ひきこもり地域支援センター全国連絡協議会」が2011年12月に組織されたといいます。そこでは今後、「ひきこもりサポーター」を養成するとの記事を読みました。(「福祉新聞」2012年7月9日号) 

 ここ数年来、やっとひきこもり施策ができつつありますが、多くの場合、ひきこもり家庭では田口家と同じように、家じゅうの壁に無数の穴が開き、ドアは壊れ、ガラスは割れ、ふすまは破れ、家具はガタガタになり、本人や家族は心身に多くの傷を負ってしまいます。ひきこもり当事者を受容できるように家族員が成長しなければならないのですが、このような地獄の日々を経ないと本人と家族に平安は訪れないのでしょうか。 

 ひきこもりをしている本人が一番何とかしたいと苦しんでいることを家族員が気付き、本人の人格を尊重できるよう家族員が成長することを促し、家族員が疲弊する前に、専門職が家族を含めてアセスメントをし、本人と家族員に寄り添うサポートが望まれているはずです。 

 さて、最終回の後半部分では、言葉で表現することの意味や定義することの意味について述べています。「自分の書いた言葉によって、私の内面世界が作られていく。限界をもつゆえに言葉は限界の外を明らかにする。言葉にできぬもの、見えない世界を創造しうる。言葉は、発した瞬間に私を作っている。内的な世界と外的な世界は言葉によって繋がっている。」外面世界にはプライドやコンプレックス、さらには社会的評価や期待があるからだと思いますが、内面世界の内なる声を正直に外部に言葉で伝えることのむずかしさを述べています。この作品はその一つの試みだとしています。もう少し時間をかけて田口の真意を読み込まないと皮相的な理解だけで終わってしまいそうです。