わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

近藤史恵「キアズマ」(第6回)小説新潮2012年5月号

 この作品は2011年12月号から本誌に連載されています。主人公は岸田正樹。一浪して東京にある新光大学という名門大学に入学した大学1年生です。高校はフランスの高校で過ごし、高校では中学でしていた柔道をフランスでもしていた設定です。正樹の実家は神奈川県の葉山町です。

 物語は入学直後に自転車部部長の村上を誤って怪我をさせてしまったところから始まります。自転車部は村上を含めて4人しかいなく、正樹は村上の代わりとして1年間だけ自転車部に入部することになります。しかし、次第に自転車の魅力にとりつかれていき、もともと柔道で鍛えた体力が基になり眠っていた素質が開花しつつあります。

 5月号では中学時代の同級生の豊との交流が描かれています。豊は中2の時に柔道部の顧問のしごきで急性硬膜下血腫(脳挫傷)となり、一命は取り留めたものの後遺症が残り、言語能力、学習能力に障害が残り、指も思うように動きません。豊が気を失った後は正樹がしごきを受けた一連の当事者だったこともあり、帰省すると豊に会うことが習慣化しています。だからと言って帰省したときは何としても会いたいと思っているわけではないのですが、何となく会うことが続いているという設定です。

 しかし、豊は中学時代の友人で今でも会いに来てくれる友人は正樹だけだと正樹を頼りにしています。豊の両親も正樹の来訪は励みになっています。とくに父親は高校の特別支援学校(旧肢体不自由児養護学校)の友人が訪ねてくるのはあまり好みません。まだ、息子の障害が受容できていない様子が描かれています。

 余談ですが、2月号ではフランスでの柔道教育での安全への取り組みが紹介されていました。フランスでは初心者はヘッドギアをつけるそうです。日本では2012年4月から学校教育で武道が必修化され柔道科目での安全への配慮の遅れが一部で問題化されましたが、この小説をとおしてフランスでの取り組みを予め知っていましたので柔道発祥の日本での拙速した学校教育の取り組みに政治の貧困を感じたものです。

 さて、今回はその豊が正樹に彼女を紹介しています。正樹は健常者の自分が女っ気がない生活をしているのに、障害のある豊に彼女がいることに動揺します。しかし、そのように感じた自分に対して戒めもします。一方、豊は彼女の愛がボランティアの愛で自分への愛ではないのではないかと悩みます。「ぼくとセックスしてくれる女の子なんてそう簡単に見つからない」と正樹を驚かすような悩みを打ち明けます。そんなことはないと必死にフォローしますが障害者の豊に先を越されたと感じた自分がいて、その後の会話が弾まなかったと正直に描いています。

 正樹は基本的に感情の起伏が少なく、人とのかかわりはあまり持ちたくない性格です。その分、人を傷つけることも好まない静かな大学生です。豊との交流は一般的には称賛されることですが、何となく続けている正樹の行動は、冷めた性格を絡めてどこにでもいそうな普通の大学生の気質の一端をよく表現していると思います。学園ものが大好きな私としては、今後、冷めた正樹がどのように自転車で熱く変貌していくのか展開が楽しみです。