わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

小笠原慧「Yの憂鬱」小説新潮2012年2月号

 私が小説新潮を約30年ぶりに再講読するようになってから、「150枚一挙掲載」など枚数を売りした本誌広告を見たことがありません。枚数というのは400字詰原稿用紙での枚数のことです。以前は中長編小説を収録するときにこのようなキャッチフレーズを広告に載せていました。今はPC入力が一般的なのでほとんど死語に近い呼び方なのでしょう。 

 ところで、今月号では枚数での訴求こそしていませんが、中編が収録されました。 

 この作品は、15歳のボク(ケン)が留学するために渡米する機内での中国人美少女との会話からはじまります。物語はこの少年の生い立ちに話がさかのぼり、最後にまた機内の情景に移るという極めてオーソドックスな構成となっています。 

 しかし、小説の素材はおもちゃ箱をひっくり返したように極めて多彩です。レズビアンの“夫婦”が渡米し精子バンクで精子の提供を受け父親役の女性の卵子と人工授精させ、一方の母親役の女性の子宮で代理出産します。母親役の女性は豊満な女性で、父親役の女性は超美人でスタイル抜群の医師という設定です。 

 ケンの乳幼児期は、ひ弱で内弁慶で女の子とばかり遊ぶ超かわいい男の子です。小学校に入っても女の子とばかり遊んでいますからいじめにあいます。ある時パンツを脱がされるいじめにあい、ケンの性器が異様に大きいのでいじめた男の子たちが驚きます。男の子の第2次性徴の現れ方は個人差がありますので、かわいいおちんちんしか知らない小学生には驚きだったという設定だと思います。 

 その後、大きなペニスはその後の物語の一つのモチーフになっていきます。性器露出いじめのあたりからケンの状況が少しずつ変わり始めます。レズビアンの子どもといじめられていましたが、小5になると心はひ弱なままでも体が大きくなり自分でも腕力がついていたことに本人が驚き、かつ悪い方向に自信を深めていきます。 

 190センチの大男になった中学時代は完全に不良として描かれています。レズビアン“父母”への反発、不良、暴力、不登校、飲酒、同級生との初体験、シングルマザーとの性体験、暴力団幹部・下山の女は小2でレイプを受けた哀しい過去をもっていますが、この女とも無理やり性交渉をしてしまいます。自己中心的でいい加減な浪人生の女との性交渉、暴力団幹部の下山に対して父性を感じて暴力団に出入りしチンピラ転落、覚せい剤の運び屋、賭博での借金、借金返済のために賞金目当てで格闘技のリンクに上がると続きます。 

 また、レズビアン夫婦の子育てへの自信喪失、息子の借金の弁済と処女を売って暴力団から救出した父親役女性の描写、レズビアン“父母”の受容、不良からの立ち直りと一心不乱の受験勉強、超難関校への合格と超難関校進学を断念しアメリカへ留学、提供を受けた精子がレスラーの精子だったこと、などなど素材に事欠きません。 

 素材はかなり非日常的ですが、話の展開は不思議に素人の私でも理解できるほど常識的です。心理描写が常識的な分、小説としての深みはありません。終結後の展開に胸を膨らませるような余韻もありません。 

 これだけの素材があるのなら、素材を取捨選択しもっと深みのある作品をつくることも可能だったと思います。たとえば、レズビアン夫婦の子育ての苦悩に焦点を絞って展開するなどが考えられます。しかし、作者はケンを最後に機中で中国人美少女にナンパするチャラ男に戻し、軽い小説にして物語を終えています。久々の中編小説の収録で期待して読みましたが、まとまりに欠けているようで少し残念な作品でした。