わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

小説新潮2011年8月号特集「 Kwaidan2011」

 今月号の特集は「怪談」でした。夏ですから怪談も一興と思い、怖いもの見たさに頁をめくりました。

 本誌で稲川淳二は怪談とホラーの違いを「怪談は気配の怖さを感じさせるもの」「怪談には闇の怖さがある。見えないものの怖さ。聞こえないものの怖さ」一方、「ホラーは襲われる恐怖。目に見える恐怖、迫ってくるもの」「ホラーには闇の怖さはない」と言っています。

 稲川の分類に従うと、今回の特集で怪談に分類されるのは、「鬼ごっこ」(竹本健治)、「夢の家」(三津田信三)、「カストリゲンチャ」(堀川アサコ)、「屍女(しかばねめ)」(中山市朗)。ホラーに近いのは、「原罪SHOW」(長江俊和)、「樹海」(鈴木光司)となるでしょうか。編集者は怪談性の強い作品からホラー性の強い作品の順に配列しているようです。

 本誌で怪談を特集するにあたって、編集後記では、「自分とは無縁の世界だから安心して楽しめるだろう」「無邪気」から企画したとしていますが、果たしてそうでしょうか。「樹海」(鈴木光司)は総合小説雑誌に掲載するには疑問の残る作品だと思いました。「樹海」には自殺するなら、農薬自殺が悶絶するのに比べて、首吊り自殺が一番苦痛が少ないことが腐敗の過程とともに事細かに書いてあります。大半の読者は一般教養として「自殺をするなら首吊り」がいいのかと「自分とは無縁の世界」のこととして片付けられると思いますが、いつ誰が自殺の当事者になるか分からない時代です。結果的に自殺を誘発する情報を購読数の多い総合小説雑誌が提供したことにもなりかねません。

 最近、あるタレントの自殺報道がその後の自殺増につながったとする見解を内閣府が発表しニュースになりました。わいせつ情報が性犯罪を誘発するという見解と似ていますが、内閣府の見解は因果関係が統計的に特定できるだけに説得力があります。

 本誌は一部のマニアの雑誌ではなく、総合的な小説雑誌です。今後、怪談を特集するなら、即物的なホラー小説ではなく、抒情性のある「気配の怖さを感じさせる」怪談を年1回ぐらいなら読んでもいいかとも思います。