わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

本多孝好「魔術師の視線」(第3回)小説新潮2011年7月号

 2011年7月号で最も惹きつけられた作品は「魔術師の視線」(本多孝好)です。あらすじと感想を書きます。

「魔術師の視線」 本多孝好

 楠瀬ミチル39歳独身。元大手の週刊誌記者。現在、ビデオジャーナリスト。諏訪礼(れい)14歳。礼は超能力美少女として11歳のときに時の人となりました。しかし、そのトリックはミチルの企画で暴かれ、マスコミの総スカンを食います。そのことが原因で両親は離婚。3年後に14歳の礼がミチルのアパートに転がり込んできたところから物語はスタートしました。

 そもそもミチルが暴いた企画は、ミチルがビデオジャーナリストに転身しての最初の仕事でした。当時話題になっていた超能力美少女の超能力にはトリックがあると睨み、ミチルが礼を調べ上げる中で、宮城大悟という30歳代の男が運営する超能力サイトで超能力を身につけたことがわかりました。宮城は10年以上前に超能力ブームを巻き起こした「いかさま超能力者」でした。ミチルは宮城がなぜ超能力サイトを運営しているのか、なぜ礼に超能力を授けているのかインタビュー番組を企画します。ミチルの狙いは、いたいけな少女に嘘をつかせ番組を仕立てているプロデューサーらの悪事を暴くところにありました。しかし、ミチルの狙う方向には行かず、礼に非難が集中してしまいました。そのことで諏訪家は空中分解します。

 超能力サイトを運営する宮城の心情描写は読み応えがありました。インタビューの中で宮城は、自分は幼いころに超能力にめざめ、21歳の時に超能力者として騒がれるまで、誰かに認めてもらいたくて、自分が特別な存在なのだという幻想を引きずりながら、もっと早く自分を認めてくれる人が欲しかったと告白します。そこで、これまでの自分の経験から、自分を見失っている少年少女が「未知なる力」(超能力)を駆使することで、たとえそのことがトリックによる幻想であっても、それが生きる支えになっているのなら、それはそれでいいのではないかという思いで超能力サイトを運営しているとしています。今、自分にできることは彼らを「否定しないこと」だけで、礼をそっとしていてほしいと訴えました。

 しかし、放送された映像では、宮城の心情は全て割愛され、礼に教えたトリックを得々と暴き、男女の関係をほのめかすようなナレーションで編集されてしまいました。番組はセンセーショナルに作り上げられ、ミチルが企図した方向には行かなくなるのですが、宮城はマスコミの裏切りは慣れているので怒りません。そのことが一層ミチルに自責の念を増幅させます。この展開過程は痛ましく、思わず惹きつけられてしまいました。

 今から40年近く前にS少年(あえて名前は伏せます)という実在の「超能力少年」がマスコミを席巻していたことを思い出します。彼は雑誌取材でスプーン曲げのトリックを暴かれてしまいました。その後のマスコミのパニックはこの小説のとおりです。何年か後にS少年は覚せい剤大麻か忘れましたが逮捕され、またマスコミに登場します。その後、どのような人生を歩んでいるのか知るよしもありませんが、何となくこの宮城のような運命を辿ったのではないかと想像すると彼もまた巨大マスメディアの犠牲者で胸が痛みます。幸せな普通の生活が送れていることを願わずにはいられません。

 一方、礼の不幸の始まりは、母親が礼の「超能力」をみて勝手にテレビ局に売りこんだところにあるのですが、こうなると11歳の礼にははにかみながら嘘の超能力を続けるしかなかったのです。母親の愛情に飢えた礼が母親に認めてもらいたくて始めた「超能力」が、逆に、自己顕示欲の強い母親のとった行動で礼の不幸に拍車をかけてしまいます。この描写も胸が痛みました。

 宮城のスタンスは、宮城の超能力サイトにはまる少年少女を「否定しない」関わりとの設定ですが、宮城自身がまだ幻想の世界に逃避しているのではないかという疑念を感じさせます。自殺者が毎年3万人を超える時代です。何が健全で何が不健全なのかが不明確な時代ですので、超能力サイトの是非を判断することは困難ですが、悩める青少年を受容してくれる人間関係が必要なのは確かです。その時に私たち自身が身近なところで何ができるのかを考えさせられました。

 これからどのような展開になっていくのか楽しみです。