わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

壁井ユカコ「flick out」小説新潮2011年6月号

 この物語は人から疎まれると自らの意思に関係なく弾き飛ばされてその場から消えて(flick out・ワープ・瞬間移動して)しまう不思議な「体質」をもった父・春木直(はるき なお)とその体質を受け継いでしまった息子・直高(なおたか)の苦悩をとおし、父親と中学生の息子の親子の絆を描いています。この体質は子どものころに見られますが、大人になると消失してしまう設定です。 

 子どもの頃に不思議な能力を残存させていることはよく聞きます。スプーン曲げもその一つだと思います。中世の日本では大人のミニチュアの身体(パーツ)を持つ子どもが成長して大人になる変化を「神秘の力」として、子どもを神として捉えていたといいます。 

 私事ですが、私は中学生の頃「空が飛べました。」家の前の畑に立ち南風に身体を任せると体を宙に舞わせることが出来たのです。両手を広げ微妙に風をコントロールすると右にも左にも旋回出来ましたし、上昇することも出来ました。勿論、夢の中での出来事だったと思いますが、あまりにも光景がリアルで、何日もこの体験をしました。もしかしたら、何日も体験したこと自体が一晩の夢だったのかも知れないのですが、今でも風をコントロールする心地よい感覚は確かに残っています。また、私は中学までは絵が非常に上手かったようです。コンクールは総なめでした。しかし、高校生になるとその才能は消えてしまいました。 

 自らの意思に関係なく弾き飛ばされてしまう超常現象自体はあり得ないことですが、なぜか実在しそうな不思議な設定です。 

 さて、この物語のクライマックスは、「父として充分なことをしているとは言えない」父・春木直が息子が学校で倒れたと聞いて、自分の不思議な体質を受け継いでしまったと確信し、一目散に中学校に駆け付ける場面です。保健室からの帰路で「おれ、父さんの前から飛ばされたこと、一度もないよ」のせりふには思わず涙腺が緩みました。家族愛を描いた作品は効きますね。