わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

楡周平「虚空の冠」小説新潮2011年5月号

 この作品は、ベンチャー企業の若き経営者と巨大メディアグループ総帥を対立軸に電子書籍の普及をめぐる企業間の覇権競争を描いた作品でした。読者は勝手に若き経営者と老練なメディア王を実在の人物に置き換えて作品を読んでいくことができました。

 また、電子書籍という今後普及するであろう最新の電子媒体を題材に小説が描かれており、現実と小説がリアルタイムに展開されているようで小説雑誌ならでは新鮮なテーマでした。文庫版や描き下ろし書籍では発行時には陳腐化してしまうようなホットなテーマであったといえます。

 作品は若き経営者「亮輔」がメディア王・極東グル―プ総帥の「渋谷」に接近していくところから始まります。その後、渋谷がいかに極東グル―プ総帥に上り詰めたかに多くにページが割かれています。終盤ではグローバルテレコムがいち早く携帯読書端末機をリリースし市場を席巻したかにみえますが、渋谷たち大手を中心としたグループの逆襲が始まり、グローバルテレコムは敗北するところで物語は終わります。

 この作品の妙は小説の題名です。「虚空(こくう)の冠(かん)」とは何とも不思議な題名だと思っていました。これまでに一度もこの単語は出てきませんでした。最後の最後になぜ「虚空の冠」なのかがわかります。あえて種明かしはしませんが、鳩が大空に向かって飛び立つ描写から敗者を敗者のままで終わらせなリベンジにつながる設定が心憎い結末でした。長いこと良い作品を提供してくださり、ありがとうございました。