わたしの小説新潮日記

小説新潮の感想を中心としたブログです

道尾秀介「暗がりの子供」小説新潮2011年5月号

 この作品の主人公は小3の莉子です。莉子が雛壇の毛氈の中に隠れて「空飛ぶ宝物」という児童書を読み始めるところから物語が始まります。この作品と作中の「空飛ぶ宝物」が並行して展開されます。冒頭の書き出しだけでも文字情報であるはずの小説が立体的な構造物であるかのような不思議な印象を受けます。作中の「空飛ぶ宝物」も何やら怪しげな魅力があります。 

 物語は生まれてくる妹への漠然とした嫉妬感と、祖母の病気に対して父母が否定的な会話をしていることに反発することで祖母の病気が治ることを祈る少女の思いを「空飛ぶ宝物」の主人公「真子」(まこ)への投影と置換をとおして、危うい少女の心情を絶妙に描いています。 

 物語は莉子が「空飛ぶ宝物」を紛失し、ここから「道尾ワールド」の迷宮に一気に入り込みます。莉子は紛失した後のストーリーをノートに創作しはじめます。莉子と作中の「真子」との妄想による会話となります。さらに、莉子自身の妄想が実生活の中で独り歩きを始めます。 

 莉子は真子との妄想会話の中で、帰路に「蟻を見なかったら祖母が治る」という占いをします。しかし自販機の前でたくさんの蟻を見てしまいます。莉子は執拗に蟻を踏み潰して殺します。また、妄想の中では臨月間近の母親を階段に石鹸を塗ってすべり落し、妹を消してしまいます。現実世界でも実行寸前までいきます。 

 この物語はどこまで読者を迷宮に落としていくのだろうとハラハラしながら読んでいくと、14歳になった莉子と莉子の発案で真子と命名され、4歳になった実妹との現実世界に読者を引き戻してくれます。 

 莉子は穏やかな中学生に成長していました。場面は祖母の葬儀を行う冬の葬祭場です。季節は陽も風も春が近いことを告げ、読者を安心させて物語は終わります。危うい雰囲気と安心感が同居する何度も読み返したくなる深い作品です。